第9話
シキの後を追って玄関へ向かう。
木材が貼られた床は歩く場所によっては音を立てる。
玄関へとたどり着くと、シキとミディアムヘアにゆるふわパーマの女の子がいた。
彼女は俺に気がつくと、一瞬目を大きくした後にくしゃりと笑った。
「よっ、ヨウキ」
「やっ、カリン」
無邪気さを感じさせる彼女、
「今日はどうしたんだ?」
「うちのお母さんが
「おー! カリンのお母さんはまめだな」
「ヨウキの家に持っていく分も置いてくから持って帰って!」
「おー! カリンは大雑把だな」
「ちょうどいいじゃん」
悪びれる素振りもなく、カリンはそう言うと両手に持っていたビニール袋をこちらを渡す。
俺とシキはそれを受け取ると、中身を確かめる。
「おっ、結構入ってるな」
「そうそう。シキのじいちゃんは漬け物が好きなんでしょ? だから、少し多めに入れたってさ」
「よく覚えてたな。言われるまで俺も忘れてた」
何気ないやり取りをシキとカリンは交わす。
「んじゃ、冷蔵庫に入れてくるわ。ヨウキの分も入れて、帰りに渡すけど、どうする?」
「お願いするわ」
俺は手に持ってたビニール袋をシキに渡す。
「カリンはちょっと待ってて。ばあちゃんが多めに買った桃があるから、それ持って帰って」
「いや、いいよ。たまたま作りすぎたから、お母さんに持たされただけだし」
「持っていってくれ。持たせないと、ばあちゃんに俺が叱られる。貰ったなら何かをお返ししなさいって」
「……そしたら、わかった」
シキはビニール袋を手に玄関を離れ、廊下の奥に消えていった。
「昔の風習みたいなもんなんだろうな」
「たぶん、そうだよね。シキのばあちゃんってしっかり者だよね」
カリンはそういうと玄関の段差に腰掛けた。
それに倣うように、自分の靴に爪先を突っ込んで、カリンの隣へ座った。
「なんか久しぶりな気がしないね」
「そう? 顔は久しぶりに見た気がするよ」
「それはあるけど、会話は全くそんな感じしないよ。メッセージでよくやり取りしているし」
「それはそうだな」
カリンとは中学卒業して以来、顔を合わせてない。
今日は久しぶりの再会だ。
「どう? 高校デビューの私は可愛い?」
彼女の大きな瞳がこちらに向く。
髪が少し揺れ、どこか爽やかな香りがする。
見慣れたプリントTシャツにジーンズ生地の短パン。
小学生の頃から楽だからと選んでいた服だ。
「ふーむ。可愛いねぇー。カリンちゃん良いよー」
「あはは。馬鹿にされてるみたい」
「最初にふざけたのカリンじゃん」
あどけなく笑う彼女に俺もつられて、口元が緩んだ。
「そうだ。映画の件、ごめんね」
「……あー、アレね」
思い出すように言ったカリンの一言に思わず反応が遅れる。
「あの映画、友達と見に行く約束してて、見に行けない」
「大丈夫、大丈夫。前売りチケット持ってたから誘ってみただけだから」
「そうだったんだ。いやー、あの映画面白そうだよね」
少し前に流行っていた青春小説を映画化した作品だ。少しサスペンス要素があり、自分の作った秘密結社を取り返す話だったはず。
「カリンは好きそうだよなー」
「ヨウキも好きでしょ」
「まーね」
そういうものを選んでたのも理由の一つでもある。
「そういえば、ヨウキはなんでシキの家にいるの?」
「勉強会」
「あはは、本当に勉強してる?」
「ぼちぼちね。他にも高校の友達も一緒になってるから楽しみつつかな」
「あら、お邪魔しちゃったか」
「別に二階堂とか工藤だから、そんなの気にしないよ」
「わあ、懐かしい」
「そんな会わなくなってから時間経ってないだろ」
「そうね。それに同じクラスになった事ないから顔を会わせても反応は微妙かも」
言われてみると、中学の頃はシキの好きな人だから話題になっていたが、カリンは彼女たちと同じクラスになったことはなかった。
「カリンは高校の方はどうなの?」
「んー、普通かな」
「普通ってなんだよ」
俺は呆れるように笑うと、カリンも乾いた笑いをする。
「普通は普通なんだよ」
「そうか」
俺とシキは同じ高校を選び、カリンは違う高校を選んだ。
単純にやりたいことと偏差値的な違いで、選んだ高校が違っただけだ。
「……追いかけて行った先輩とはどうなの?」
やりたい事が違っただけ。もし、それがなければ同じ高校だったかもしれないとは思う。
「んー、どうなんだろうね」
カリンは困った様子で笑った。
「そうか」
これ以上の深掘りは不要だ。あまり上手くいってない様子なのに、無理矢理聞き出すことをしてもカリンに嫌な思いをさせてしまうだろう。
少し無言の間が続く。それを終わらせるように廊下の軋む音と静かな足音が近づいてきた。
「お待たせ。まだ熟してないから硬いっぽいけど、桃持ってきた」
シキは玄関に戻ってくると、不思議そうに俺らを見た。
「なんかあったか?」
「いいや、何にも」
「うん、何もない。たそがれてただけ。今日も暑いなぁーって」
「そうか」
俺らはそう言って言葉を返すと、シキは相変わらずとぼけたような表情をした。
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