好きな人は

第1話



 事件が起きた。大事件が起きてしまった。

 朝起きて学校に着くまでに、スマホのメッセージが届かなかった。


「ふぁー、萎え萎えぽよぽよ」

「何言ってるんだ?」


 机に突っ放して顔を伏せると、親友の声が前の席から聞こえる。


「今日は早い到着だな」


 頭だけ起き上がらせて、シキの顔を拝む。


「ああ。これからはこういう日が増える」

「なんかあったのか?」

「六花に家を出る時間をずらそうって言われた」

「へー、最初からそうすれば色々と疑われなかったんじゃないか?」

「それは一応、学校への道を覚えるまでは手伝おうと思ってさ」

「へー、親切なことだな」


 そうやってフラグを立てて行くんですね。分かりますが、相手がいないためできません。


 隣の席はまだ空席でこんな話をしても、誰も聞いてない。

 教室の中は人が少なく、小声で話せば周りに聞こえないぐらいに人が散らばっている。


「んで、道のりの研修期間が終わって、カップルの別れ話みたいに、『お互いに別々の時間を過ごそう』とでも言われたのか?」

「いや、付き合ってねぇ。それにそんな振られ方されるカップルでも見たのかよ」

「ヤダなぁー。例え話だよぉー」


 シキのじと目に笑って答えると、シキは大きく息を吐いた。


「いや、昨日の夜に喧嘩して、顔も見たくないって言われたばかりだ」

「また喧嘩かよ。犬も食わないぞ」

「夫婦でもねぇーよ」


 呆れたように眉間に手を当てたシキが再びため息を吐いた。


 そんな会話をしていると、パタパタと足音を鳴らして黒髪の女の子が駆けてくる。


 少し切れ長な瞳の女の子は上気したようにほんのりと頬の色を明るくさせていた。


「ねぇ! 八千やちさんと一緒にお勉強会することになったわよ!」

「よかったな」

「ちょっとはシキのおかげね」

「全部、チアキの力だ」


 街で見かけたら誰もが振り返る美少女、六花むつか千秋ちあきは嬉しそうに口角を上げた。


 いつのまにか下の名前を呼び合う関係になっていることに俺は少し驚いた。


 理由を聞こうにもからかいながらにするか悩んでいると、隣の席がガタガタと音を立てた。


「クルリちゃん、おはよー」

「……おはよ」


 俺が明るく挨拶するが、クルリの血圧は低いままのようで、軽く睨まれた。


「おはよー、クルリちゃん」

「おはよ、六花さん」

「おっす」

「……」


 シキに挨拶されると固まるクルリ。じっと睨むようにシキを見ると、口を開いた。


「朝一は今度の土日暇だったりする?」

「ん? 暇だけど、何かあるのか?」

「ええ。コハルと勉強したいんだけど、場所がなくてね。あなたの家にお邪魔してもいいかしら?」

「……え?」


 気がつけばクルリの後ろには二階堂にかいどう小春こはるが立っていて、驚いたような声を上げた。


「あら、コハル。おはよう」

「おはよ、クルリ。え、ええーと、その勉強会って」

「こないだ話したじゃない。一緒に勉強しようって」

「言ったけど、朝一くんの家って初めて聞いた!」

「丁度いいじゃない。攻め時よ」

「ちょっと! クルリ!」


 二階堂は頬を赤らめさせて、クルリを潤んだ瞳で睨む……。が、全く怖くない。


 こんな分かりやすく反応されれば、普通は気がつく所だが、シキはぼんやりとしていた。


「……二階堂が俺の家に来る? どういうことだ?」

「そのまんまだと思うぞ」


 意味の分からないボケ方で二階堂の反応を無視するシキは、さながらラブコメディの鈍感主人公だった。


 この会話に取り残された六花の様子を見てみると、彼女は一人で顔色を真っ青にさせていた。


 不思議そうにそれを眺めていたが、クルリが話し始めたので、意識をそちらに向けた。


「んじゃ、今度の土曜日は遊びに行くわね。詳細はメッセージでコハルに連絡して。私は無理だから」

「クルリ!」


 顔を真っ赤にする二階堂。

 それに動揺せずに眠たげな目でクルリはシキを見ていた。


 一体、何が無理で、二階堂とシキを連絡させようとしているのだろうか。


「ああ。分かった」


 ぼんやりとしたままのシキは夢でも見ているかのような反応をしていた。


 こういう主人公って、なんでアプローチを受けるとアホになるんだろうか。

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