第7話



 図書室で適当に時間を過ごす。


 特に読みたい本もないので、適当な席に着いて持ってきていた課題に取り組んでいると、あっという間に30分以上が過ぎた。


 図書室にシキの姿は見えていない。


 まだ教室で何かやっているのだろうか。

 来る気配がないので、教室へ確認しに行こう。


 課題を片付けるとカバンを肩へかけて図書室を離れた。


 リノリウムの床材を踵で音を鳴らしながら教室へと向かう。

 放課後の誰もいない廊下は静かで、空いた廊下の窓から運動部のかけ声だけが聞こえない。

 日が暮れて、橙色に包まれた廊下は、どこか世界から切り離されたように寂しさに包まれているような気がする。


 教室の前にやってくると、ドア越しに教室の中から声が聞こえてくる。


「新井は中塚と仲がいい奴で、メガネ掛けている方だ」

「あの赤いメガネの女の子?」

「そうそう。新井は噂話とかが好きで……」

「待って。噂話って何? 日本語が難しい」

「あー、悪い悪い。本当か嘘か分からないけど皆んなに伝わる話かな?」

「えーと、英語のゴシップ?」

「たぶん、それだ」


 ドアの小窓から中の様子を見れば、シキが六花に何かを教えて、六花はそれをノートに書いてメモしているようだ。


「あ、そういえば、渋谷の意味も教えて」

「渋谷は地名だな」

「どこにあるの?」

「口だと説明しづらいな。東京の地名としか言えない。地図があればなぁ……」

「地図あるわよ。東京は観光したかったから」


 その会話を聞いて大体の経緯を理解した。


 考えてみれば六花は中国から転校してきたのだ。

 元々、日本に住んでたとはいえ、中学3年間は中国に住んでいた。

 忘れている日本語もあれば、地名は分からない所があるだろう。

 だから、こうしてシキに聞いて、教えてもらっているのだ。


「渋谷は女子高生に人気な場所だぞ」

「そうなの? そしたら、八千やちさんや百合川ゆりかわさんも好きだったりする?」

「ああ。たぶん好きだ。知らないけど」

「……適当じゃないの。まあ、次こそは上手く話して仲良くなるんだから」


 そうか。上手く話が出来てなかったのか。


 シキと一緒に屋上から教室へ戻るときに聞いた話を思い出した。


 そもそも会話ができていないのだ。

 相手が何を考えて、何を言ってるのか意思疎通が出来てないのだ。

 それは絡みづらいし、自然と会話できずに距離を置かれてると勘違いしてしまう。


「おう。そうだな」


 シキはノートに文字を書く六花にそう言って、優しく微笑んだ。


「……やっぱり、仲良くなれたな」


 俺はその様子を見て、かかとひるがえして、下駄箱へと向かった。


 スマホを取り出して、シキヘ一言だけメッセージを送る。


 そのメッセージに既読が付くのを確かめると、目の前から運動着姿の女の子が向かってきたのに気が付いた。


「よっ! バスケ部お疲れ様!」

「おっつ〜! 今帰り?」

「そう! 八千は休憩?」


 少しウェーブのかかったポニーテールの女の子、八千やち実夏みなつは汗も爽やかに笑顔でこちらに手を振る。


「休憩だよ〜。教室に水筒忘れたから取りに行く所!」

「そっか〜。そしたら、教室にシキと六花がいるかも」

「そうなの? あの二人って仲良いよね。本当に付き合ってないのかな?」

「付き合ってないそうだよ。実は六花が中国から帰ってきたばかりで慣れないからシキが色々と相談に乗ってるみたいなんだ」

「そうなの? え、そしたら六花さんって帰国子女?」

「帰国子女らしいね」


 八千はわかりやすく口元に手のひらを当てて驚いている。


「まだ日本の地名とかあやふやな所があるらしいからさ、会話で困ってるらしいんだ」

「そうなんだ。だから、話した時にぎこちないんだ」


 そのぎこちなさは本人の人見知りとかもあると思うので、なんとも言えないが、そういうことにしよう。


「八千さ、六花と仲良くなってみたら? 六花は仲良くなりたいって意気込んでたぞ?」

「そうなの? え、本当? なんでそんなに詳しいの?」

「シキに相談されたからさ」

「なるほどね。そしたら、また話しかけてみるね」

「おう。よろしく!」

「うん。そしたら急ぐから、またね!」

「じゃあな!」


 八千は少し駆け足で教室へ向かっていく。


 シキと六花が仲良く、どうやって友達を作れるか相談していた。

 それが少しでも報われるように思いながら、出来る限りの事をしよう。


 茜色には程遠い。薄く広がった橙色の光の中は寂しさだけでなく、少し温かな感じがした。

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