第5話



 何かを言いた気な様子で口を閉ざした横顔。

 シキのあの様子はなんだったのだろうか。


 屋上から教室へ戻ると、授業の本鈴が鳴り、急いで授業の準備を始めた。


 数学の授業の計算演習の時間。

 問題を解き終わり、教科書をパラパラとめくり、暇を持て余している。


 そこに隣から小さく折り畳まれたルーズリーフの切れ端が飛んでくる。


 飛んできた方向へ目を向けると、クルリの三白眼がこちらをじっと見て、手に持っていたシャーペンで紙を指した。


 俺は不思議に思いながらルーズリーフの切れ端を開いていく。


『次の休み時間に話をさせてください』


 丁寧で整った文字が並んでいた。

 彼女から敬語を使われた事がないので、一言だけ書かれたルーズリーフは違和感だらけだ。


 俺はその文字の下に『OK』と書き込むと、折り目に沿って畳んで、彼女の机に紙を放り投げた。



 次の休み時間。

 俺はクルリの机を人差し指でトントンと叩く。

 文庫本を見ていた彼女の眠たげな目が俺を睨む。


「廊下で大丈夫?」

「ええ、その方が都合が良いわ」


 クルリは本にしおりを挟むと、ぱたりと閉じて机の中にしまう。

 席を立ち上がったクルリを確認すると、俺は廊下に向かって歩いて行った。


 彼女が話しかけてくる時は秘密にしたい話が多い。

 選ぶなら人の少ない場所だろう。


 今の時間は階を跨いでの移動が少ないので、教室から出て、階段前へと移動した。


「それでどうかした?」


 階段前は案の定、人通りがなく、少し離れた位置にちらほらと人がいるくらいだ。


「もしかして、俺に愛の告白!? いや〜、参っちゃうなぁ〜」

「バカなのはわかったわ。そんな雰囲気なんて微塵もないわよ」


 表情を変えず、相変わらず眠たげな目が俺をじっと見つめる。


「朝一と転校生についてよ。あなた、何か聞いたんじゃないの?」

「んー、何をだろう。心当たりがないなー」

「そう。話す気がないか、口止めされてるのね」


 頭一つ分ぐらい小さい彼女は冷静にそういうと考えるように口元に片手を当てて腕を組んだ。


「そしたら、朝一は転校生と仲良いのかしら? 側から見ていると仲が悪いように見えるけど、朝に一緒に登校してきたり、行動がちぐはぐなのよね」

「俺はあの2人は仲良くなれると思うけどね」

「そういうと、今は仲が悪いってこと?」

「それは俺にも分からない。本人次第だから」


 ふと頭に浮かぶのは屋上から教室へ帰ってきた時のシキの横顔。

 気にかけているような様子だったから、本当に仲が悪いわけではないはず。


「なかなか曖昧な答えばかりね。あなたは状況を理解していて、それを余裕綽々よゆうしゃくしゃくと眺めてるからムカつくわ」


 彼女の目つきが鋭くなる。


「そんな怖い顔しないでよー。せっかくの可愛い顔がもったいないぞ!」


 彼女は身をよじり、生ゴミを見るような視線を俺に向ける。


 んー、この扱いだ。

 ハーレム主人公でない俺には当たり前の視線。


「ひとまず、あなたが何も教えてくれないのはわかったわ。……勝手に協力者なんて思ってたのは私だけだったのね」


 クルリが最後の方に小さな声でポツリと呟いた言葉に俺は首を小さく傾げた。


「まあ、シキの事情があるから、あまり人に喋りたくないんだ」

「朝に血も涙もないカップル騒動を起こした人とは思えないわね」

「酷いなー。アレは他の事情があったんだって」

「ふーん? そうなのね」

「それに何も教えてないわけじゃない。俺個人の感想や俺のリアクションを考えれば、クルリちゃんならわかることもあるんじゃない?」

「一体、何の立場から話しているのかしら」


 クルリは大きく息を吐いた。


「それとクルリちゃんなんて馴れ馴れしいわよ」

「君と僕の仲だろー」

「いつからかしらね」


 冷たい態度の彼女にも慣れてきた気がする。


「……それに、私にも考えがあるわ」


 彼女はポツリと呟いた。

 訊ねたい気持ちはあったが、何となくはばかれた。

 メインヒロインの親友役の彼女にも色々と考えがあって、行動しているのだろう。


 俺に話せないことがあるのに、彼女からだけ話してもらうのは平等でないと思った。

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