第5話



 目を覚ましたら見慣れぬ天井がありました。


 大きな欠伸と共に身体を起こせば、ここがどこなのか、すぐに理解できたので、小さなパニックにならなかった。


 学校の天井なんて見慣れない。

 それに妙に寝心地の良い保健室のベッドも経験したことがなかった。


 ふと隣を見てみると、隣のベッドで寝ている親友の姿と、俺に背を向けて丸椅子に腰掛けた女の子と、俺の欠伸の声でこちらに気がついたぱっつんロリがいた。


「帰ってこないと思って来てみれば、あなたも気絶してるなんて、いったい何があったの?」


 くるくる、くるりんっ☆で有名なクルリこと工藤瑠璃は首を傾げていた。


「ん〜……。クマに襲われたかな」


 アレはクマだった。リラックスしたような顔つきにデフォルメされたクマだった。


 俺がそう返すと、彼女は胡散臭いモノを見るような視線で俺を見てくる。


 その視線も仕方ない。クマみたいな奴に襲われたのは間違いないのだから。


「う、うぅ……」


 小さなうめき声がベッドから聞こえる。


 声の主を見れば、薄く目を開けていく。


「……朝一くん?」


 二階堂がシキの顔を覗き込む。


「……ん? あれ、なんで二階堂が……?」

「大丈夫?」

「うん? うん。大丈夫」

「よかったぁ〜」


 安心したように大きな息を吐いた二階堂。


 2人の世界できちんとラブコメディしている姿を羨ましいと思う。それとは別に親友と、その好きな人が楽しそうに過ごしているのを見ると安心していた。


 今も和気あいあいと話す2人を眺めていると、思わず顔が綻ぶ。


「それで、あなたは大丈夫なの?」


 ジト目の少女が俺に訊ねる。


「ああ、大丈夫。なに〜? クルリちゃん、俺のこと心配してくれたの〜?」

「馬鹿な事言ってるんじゃないわよ。お世辞よ。それにクルリちゃんなんて、馴れ馴れしいわね」


 表情変わらず、淡々と話すくるりん☆は冷たい。


「それよりも、あなたは転校生をどう思う?」


 工藤瑠璃は目つきを鋭くさせて、横目でシキと二階堂を見た。彼らはこちらの会話に気がついてないようだ。


 その視線の意味と転校生についての質問。茶化そうかと思ったが真剣に取り合う必要がありそうだ。


「私はコハルと朝一がくっつけば良いと思っている。あなたの今までの行動を考えると、あなたもそう思っているって考えているわ。それなのに朝の転校生との騒動で、2人の関係が怪しくなったと思ってる」

「シキと転校生がぶつかって出会ってたことが運命的だからね」

「……流石に言い過ぎかもしれないわ。でも、普通はありえない出会い方をしていると思うわよ。まるで……」

「……ラブコメディの主人公みたい?」

「ええ、そうよ。私はコハルが朝一と楽しく過ごしているなら、それで構わないわ。でも……」


 彼女の瞳に不安の色が宿った。


 シキ、二階堂、工藤瑠璃は同じ中学で、その時から知り合いだ。俺ら4人が同じ高校を入学し、こうして話すことが増えた。


 俺は中学の頃からシキが二階堂に想いを寄せている事を知っている。

 二階堂の受験する学校を知った時に、シキにこの学校を勧めたのは俺だった。

 2人が同じ気持ちなのは気が付いていた。だから、2人がくっ付くように手を尽くしたのだ。


「2人にくっ付いて欲しいのは俺も同じだよ。たとえ、シキが物語に出てくるラブコメディの主人公だとしても、最後に選ぶ女の子は二階堂だと思ってる。そんなフラフラした男じゃない」

「……そう」


 勇気付けるつもりで言ったが、工藤瑠璃の瞳から不安の色は消えなかった。


 きっとラブコメディの主人公なら、すっぱりと彼女の不安を吹き飛ばし、フラグを立てるのだろう。


 残念ながら俺に、それは出来ない。


 ラブコメディの主人公は俺の親友で、俺はラブコメディの主人公ではないからだ。


 俺はラブコメディの主人公の親友役で、俺にはラブコメディは訪れない。

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