第3話



 朝のおしゃべりは担任の教師が入ってきた時点で解散となった。解散とは言っても俺の前にシキ、隣は工藤瑠璃ことクルリがいるので、二階堂だけが自分の席へ戻った形になる。


 担任の教師の伊川いがわ茜音あかねは教室に入ってくると教壇までやってきて、彼女の特徴でもあるメガネをくいっと上げた。


「えー、突然だけど転校生がいます」


 先生の言葉にクラスが湧く。


 その中には当然、俺も混じっており、聞くべきことは決まっていた。


「男の子ですか!? それとも女の子ですか!?」

「ん? それは転校生が入って来れば、分かるだろ?」

「そうですけど、女の子だと期待値が上がります! そして、男の子だとブーイングします!」

「やめろやめろ。そんな嫌がらせみたいなことするな」

「そしたらブーイングはやめるので、教えてください! お願いします、茜音先生!」


 彼女の人柄から親しみを込めて下の名前で呼ぶのが生徒は多い。俺もその中の1人だ。


「はぁー……。女の子だよ。満足したか?」

「大満足です! やっふぅぅぅ!!」


 女の子と分かり、後ろの席の男子とハイタッチを交わす。そのノリでシキにもハイタッチをしようとしたが、断られた。


「おやおや、余裕ですね。決まった人でもいらっしゃるのですか?」

「バッカ! 今言うんじゃねぇーよ!」


 からかうつもりでシキの耳元で呟くと、シキは少し頬を赤らませた。

 反応が初心うぶで、とても良い反応をしてくれる。


「そしたら、入ってくれ!」


 茜音先生が廊下に向かって呼びかける。


 先生の声と共にゆっくりと扉が開かれて、1人の女の子が教室に入ってきた。


 長い髪を揺らしながら、少し緊張した面持ちで、教壇の横まで来ると目尻の上がったキリッとした視線を教室へ向けた。


「転校してきました、六花むつか千秋ちあきと言います。今日からこのクラスで過ごすことになるので、よろしくお願いします」


 緊張した面持ちの彼女はゆっくりとお辞儀をすると、垂れた茶色の髪を耳にかきあげた。


 その様子はとても綺麗で、男女問わず、その姿に見惚れたように静かになる。


 やがて、六花千秋は顔を上げて、強ばった表情でキョロキョロと視線だけ教室を見回した。


「うぉぉお! めっちゃ可愛い子が転校生してきた!」

「きゃぁぁ。すごい可愛い! 肌が綺麗!」

「うほっうほうほ、うほっ!」

「ばななぁ、ばななぁ!」


 クラス中が盛り上がる。

 中には興奮しすぎてゴリラやアホの子になってしまう人もいたようだ。


「はいっ! 静かにしろ!」


 茜音先生の大きな声が教室に響き、次第に歓声は静かになっていく。


「んじゃ、六花。席は……1番前の朝一の隣が空いてるな。そこに座ってくれ」

「はい。わかりました」


 茜音先生が指差す方向を見て、六花は頷くと歩き始める。


 窓際の席へ向かう彼女の顔が太陽に照らされるに連れて、足は止まり、茶色の瞳が綺麗な大きな目は開かれていく。


 そして……


「あ、あんたは!」

「お前は!」


 六花とシキが声を揃える。


「朝の覗き魔っ!」

「朝の暴力猿女っ!」


 クラス中が2人に注目する。

 それに関わらず2人は言い争いを始める。

 言い争いに興奮したシキは立ち上がり、六花の前までやってくる。


「誰が覗き魔だっ!」

「人のパンツ見たでしょ!」

「あんなへいから飛び降りれば、普通に見えるだろ! 考えなしの脳筋ゴリラ女!」

「誰が暴力脳筋ゴリラ猿よっ!」

「そこまで言ってねぇ! メスゴリラ!」


 そこまで言うと六花は黙り込み、俯く。


 流石にシキの言い過ぎだと思い、本人を見ると、自覚しているのか視線を逸らして気まずそうに頬をかいていた。


「あー、言い過ぎた」

「3回もゴリラ呼ばわりするんじゃないわよっ! この下着好きっ!」


 六花千秋。彼女の細い腕からは想像できない速さのパンチがシキの右頬を捉え、綺麗なストレートが決まり、シキが綺麗な放物線を描いて、教室の後ろに飛んでいった。


「あっ……」

「3回じゃねぇ、2回だ……」


 六花のやってしまったと言う声。そして、シキの最後の言葉が教室に響き、言い争いは終わった。


「2人とも知り合いなのか?」


 俺の小さな独り言は虚しく響き、工藤は眠たげなジト目で喧嘩した2人の様子を見ていた。

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