教授のラブレター騒動

第352話 教授のラブレター騒動1


「今日は来てくれてありがとうね、松永くん。いや、弾正くんと言った方がいいかな?」

「浜元教授ならどちらで呼んでくれても構わないです」


 俺の前を歩く浜元教授の頭髪には数年前よりも白色が増えたような気がする。この人は俺が在学中も愛妻家で通っていたが、ズボンの裾から覗くカラフルな赤と緑の靴下からして今も愛妻家なのだろう。


「思えば、君は在学中からずっと小説を書き続けていたね。私が勧めたのは多くの本を読むことぐらいだったけど……」

「いえ、先生の授業で教えてもらったことは大きな糧になっています」


 浜元教授には少なくとも大学時代の半分以上の時をお世話になった。俺と砂橋が出会ったのは浜元教授の講義ではないが、何度か彼の講義を砂橋と共に受けたことがある。


 今日は砂橋は近くにいない。


 久しぶりに自分が通っていた大学の構内を歩くことになったのは、恩師である浜元教授から大学で講演をしてくれないかと頼まれたからだ。今までそういうものは断っていたのだが、数か月前に母校である中学校で俺が講演をしたのを浜元教授はどこからか聞きつけたらしい。


「私は松永くんが私の生徒だった時のことをよく覚えていますよ」


 俺だって、よく覚えている。


 大学時代には俺の所属していた演劇サークルのごたごたもある上にたった数年前の出来事のため、記憶に新しいが、俺が浜元教授のことで一番深く覚えているのは、彼のゼミを本格的に受講する前のことだ。


「君と砂橋くんにはとてもお世話になったよ。ラブレターの件とかね」

「俺も浜元教授との思い出話だとそれが一番印象的ですね」


 大学二年生の後期。


 俺と砂橋が三年生の頃から受けるゼミを選ぶためにゼミのお試しのようなプレゼミを受けたのが始まりだった。


「砂橋くんとはいまだに交流があるのかい?」

「ええ、まぁ」

「彼は君の小説はなんて?」

「……砂橋には読ませてないんです」


 俺の言葉に浜元教授は目を丸くした。浜元教授の研究室に通された俺は促されて、大人しく席に座った。しばらくして、淹れたてのコーヒーが私の前に出される。


「砂橋くんが君の探偵小説の探偵役なのかい?」


 口にコーヒーを含む前で本当によかったと思う。


「どうしてですか?」


「ほら、ラブレターの件でも彼は大活躍してくれたじゃないか。私には直接話していないみたいだったけど、君が教えてくれただろう?」


 俺は浜元教授の前であることも忘れてため息をついた。


 俺と砂橋は、砂橋が探偵事務所に勤める前から今のような関係を築いていたのかと思うとため息しか出てこない。


 俺は教授が淹れてくれたコーヒーに口を付ける。コーヒーを淹れたマグカップの横にはお供え物のように小ぶりのミカンが置かれていた。

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