第349話 殺人ヘアカット13


 時刻は十九時。

 夕飯の時間には間に合った。


 熊岸警部は「少し待て」と言うと、自分のスマホをズボンのポケットから取り出して、どこかに電話をかけ始めた。通話の相手は、容易に想像がついてしまう。


 どうせ、俺たちはこのまま帰らされるだろう。


「砂橋。とりあえず、俺の車に乗ってもらうが……」

「血が気になるなら、美容室のビニールの奴、もらっていこうよ。どうせ、使ってない奴とか事務室にあるんでしょ」


 猫谷刑事を見ると彼はため息をついた。


「さすがにその姿で帰るのは目立ちすぎるでしょう」


 俺は仕方なく、自分のコートを脱いで、砂橋に頭から被せた。


 その様子に、テレビなどで報道される警察に連行される犯人が想像できる。思わず笑ってしまうと砂橋も同じことを思ったみたいでくすくすと笑っていた。


「僕、犯人じゃないんだけどね」

「仕方ないだろう。これが一番手っ取り早い」


 帰りに新しい服とスニーカーを適当に買って、俺の家で全て血のついたものは捨ててもらおうと考えていると、事務室から熊岸警部が戻ってきた。


「二人とも帰ってもらって大丈夫だ。その前にあの二人を署に連行するから、それが終わった後、そっと出て行ってくれ。猫谷は二人が帰ったかどうか見届けてくれ」


 もしかして、熊岸警部は俺たちがこの現場に残って悪戯をしないかどうかと考えているのではないだろうか。砂橋はともかく、俺は絶対にそんなことはしない。


 もう少し信用してほしいが、砂橋のせいでそういうわけにもいかないだろう。


「熊岸警部も大変だねぇ。上の相手」

「……そうだな」


 俺は砂橋の言葉に同意を示しながら、待合室にいる島津と西片を適当な理由をつけて、警察署へ連れていく熊岸警部の背中を見た。


 あの二人が何を考えて殺人を行っていたのかは知らないが、砂橋に罪を被せようなどとは、馬鹿なことを考えたものだ


 俺が事件を起こすとしたら、絶対に砂橋を関わらせたりしない。砂橋のいないところで、砂橋に知られないように、迅速に事を終わらせる。


「小松くんにはヘアカットの日にちが決まった時にメールでとあることを言われたよ」

「とあること? 事件に関することか?」


 砂橋は首を傾げた。


「うーん、まぁ、関係のあったことなのかな。小松くんはメールで『僕の職場の人達は探偵小説が大好きだから、探偵だって口を滑らすと小一時間は返してくれないよ』って言われたよ」


「それは……」


 罪を着せる人間が探偵だとばれたら、自分の身だけではなく、砂橋の身も危険になると思って言った言葉だろう。

 少なくとも、俺はそう思った。


「やっと夕飯にありつくことができるね」

「まだ気になることはある」


 俺は窓に近づいて、半分だけロールスクリーンをあげた。まだ島津と西片が乗せられた車は出発していない。


「どうして、砂橋に襲われたわけではないのに島津と西片は怪我をしていたんだ?」


「そんなの簡単だよ。小松くんは死んでたし、僕はずっと眠ってたんだ。だったら、怪我を負わせることのできる人間は起きてる人間しかいないでしょ」


 事件当時、この美容院には、死んでいた小松、眠っている砂橋、そして、犯人の島津と西片がいた。

 島津と西片、二人とも怪我をしていたということは。


「もしかして、二人でお互いを怪我させたということか?」


「そうじゃない? 腕だって、自分で傷つけたものじゃなくて、ちゃんと顔や首を庇った時にできる傷だったし、僕が起きた時、確実に花瓶で頭を殴られてた西片さんは気絶してたし」


 背筋に氷を落とされたような冷たさが走る。


 殺人の罪を人に被せるために共犯であるお互いのことを傷つける。どうしてそこまでして、罪を逃れたいのか分からない。


 いや、俺に連続殺人をするような人間の気持ちなんて分かるはずがないだろう。確かに、島津と西片は、砂橋が言っていたように「イカレてる」のかもしれない。

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