第348話 殺人ヘアカット12


「だったら、連続殺人事件についてはどう説明する?」


 沈黙に支配された美容室内でやっと口を開いたのは熊岸警部だった。彼は、黙り込んでしまった島津と西片の二人に待合室に座るように指示して、砂橋から遠ざけた。


「まぁ、確かにアリバイがないから僕のことを疑うのも当然だと思うけど」


 砂橋は肩を竦める。


 六件の連続殺人事件と殺人鬼チュパカブラ。全ての事件において、砂橋のアリバイがない。砂橋が休みだからとどこかに自分で出かけて、その瞬間を店の監視カメラなどでとらえていたらアリバイは成立するだろうか。


 そもそも、砂橋は休みの日に何をしているんだ。


「島津さんと西片さんは交代交代で被害者を物色していた。そう考えれば、簡単だと思う。ほら、思い出してみなよ」


 俺は猫谷刑事の手帳とシフト表を見ながらメモ帳に書き込んでいた表を見る。


 七月九日。丹山沙代里殺害。西片、出勤。

 七月二十一日。稲垣範人殺害。島津、出勤。

 八月二日。本田千代殺害。西片、出勤。

 八月十日。浅井博樹殺害。島津、西片、両名出勤。

 八月二十六日。青樹利恵殺害。西片、出勤。

 九月四日。中津比呂殺害。島津、出勤。


「島津が出勤していた時は、西片が被害者を選んでいたということか? 二人とも出勤していた日は?」

「二人とも出勤の日は置いといて」


 砂橋に言われた通り、まずは島津が美容院に出勤していない時の被害者をピックアップして、表の横に書き出してみる。


 丹山沙代里。本田千代。青樹利恵。


 この被害者三人の共通点は何かと言われたら、即座に「女性である」という共通点が出てくる。


 西片が出勤していない時の被害者はどうだろうか。


 稲垣範人。中津比呂。


 この二人は男であり、そして、どちらも二十歳にも満たない若い男性だ。


「島津が選んだのは女性。西片が選んだのは若い男性か」

「そういうこと」


 だったら、残った浅井博樹は誰が被害者として選んだのか。島津と西片が美容室に出勤していたのなら、第三者の影が予想できる。


「残りの一人を選んだのは小松くんだ」


 砂橋は鏡の前に置いていた自分のスマホを手元に手繰り寄せた。相変わらず、ビニール袋に入ったままのスマホは、血に塗れることなく、画面を光らせた。


「まず、小松くんは元々殺人事件に関わるつもりはなかった。でも、彼はたぶん、二人の犯行の現場を目撃してしまったんだ」


 砂橋は、スマホの画面をビニール越しに操作する。ビニール越しのため、少しだけぎこちない動きになってしまう。


「どうしてそんなことが分かるんです?」

「死ぬ間際、彼が僕にメールを送ったからだよ」


 砂橋は目当ての画面にスマホを変えるとぐいと猫谷刑事にスマホを押し付けた。猫谷刑事は訝し気に眉間に皺を寄せながらもそれを受け取り、俺は猫谷刑事の横から、スマホの画面を見た。


 そこには一通のメールがあった。


『砂橋くん、本当にごめん。君を巻き込むつもりは本当はなかったんだ。僕は元々こんな殺人事件に関わるつもりもなかったし。


 僕は最初の殺人事件があった日に、たまたま美容院に忘れ物をして、戻ってきちゃったんだ。その時に島津さんと西片さんの殺害現場を目撃してしまった。僕の前で僕を殺す算段を話している二人を見て、僕はとっさに君のことを思い出した。


 高校の頃にいくつかの謎を解いてくれて、今も探偵をやっている君なら、なんとかしてくれるかもしれないと思ったんだ。それで、僕は僕の友人に罪を被せるのにちょうどいい人間がいると教えた。本当にごめん。警察に言わなかったのは、島津さんと西片さんが僕の両親や恋人を詳しく知っていたからなんだ。


 だから、君を巻き込んだ。

 どうか、君の元にこのメールが届くといいと思う。』


 このメールの差出人には「小松秀伸」の名前があり、そして、件名は「来てくれてありがとう」とあった。そして、時刻は今日の十六時半。


「この長文を死ぬ間際に打ったとは思えませんけどね」


「小松くんのことだから、何回も何回も下書きを書いてたんでしょう。知らないけど。ちゃんと人に秘密を告白する時は下書きぐらい書くでしょ」


 砂橋はスマホを猫谷刑事の手から取り上げた。


 メールの文には続きがあったような気がしたのだが、気のせいではないはずだ。


「小松くんは島津さんと西片さんの二人に僕のことを話して、僕のアリバイがなさそうな日を二人に教えた。この日に人を殺せば、あとで罪を着せることができるって感じのことを言ったんじゃないかな」


「それで砂橋をここにおびき出して、罪をなすりつけるために小松自身も殺したのか」


 小松は自分が殺されると思わなかったのだろうか。


 犯人からしてみれば、小松は自分たちが犯人だということを知っている人間になる。そのような目撃者は消しておきたいと思うのが普通だ。


「砂橋、スマホを預かってもいいか? 重要な証拠になるだろう」

「いいよ。他の人に見せびらかしたりしないでよね」


 砂橋は視線を少し泳がせたが、すぐにビニール袋に入ったままのスマホを熊岸警部に渡した。


「で? 帰っていい?」

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