第346話 殺人ヘアカット10
殺人事件が始まった七月からぴったりと砂橋の休みの日に殺人が行われているとなると、最初からずっと砂橋の休日に合わせて殺人が行われている。
砂橋のことを最初から知っていたのは小松のみで、島津と西片は砂橋のことは知らないだろう。知り合いだったら、砂橋がもうすでにそう言っているはずだ。
「偶然ではないと思うが……」
「まぁ、だからどうしたって話なんだけど。たまたま、僕の休日を知ることができた二人が、殺人を行うのなら、僕の休日に合わせて、最後は僕に罪をなすりつけるつもりで小松くんを殺すつもりだったとか。あの二人が何を考えて殺人をしていたかは知らないけど、七人も殺すなんて、よほど頭がイカレてるんだろうね」
頭がイカレているのはお互い様だろうという言葉は頭の中だけで呟いた。
「うん、イカレてる。とっても、イカレてる」
砂橋は鏡の前の台に両肘を置いて、手の甲を上に向けて、指を組むと、そこに顎をのせて、楽しそうに口の端を吊り上げた。
「やっと小松くんがどうして僕にここまでヘアカットを頼んできたのか分かったよ」
砂橋はくすくすと笑った。
「猫谷刑事、小松くんは死ぬ前に通報してきたんだよね? 助けてくださいって」
「はい。途中でスマホを落としたような音がして、悲鳴が遠くから聞こえたみたいです」
「じゃあ、死ぬ前、小松くんはスマホを持っていたってことだ」
砂橋はくるりと椅子を回転させると猫谷刑事にぴしりと右手の人差し指を向けた。
「押収した僕のスマホ持ってきて。この美容室の鍵付きのロッカーに入っていた鞄にあったでしょ」
猫谷刑事の眉間に皺が集まる。
「これでいいか?」
動かない猫谷刑事の横からビニールの袋に入ったスマホが砂橋に突き出された。やっと通話が終わった熊岸警部の顔は疲れが滲んでみえる。
ビニール越しにスマホの画面を操作する砂橋は、しばらくめまぐるしく変わる画面を眺めていたと思うと「うん」「うん」と何度か頷いた。
「自分の無実は証明できないけど、犯人なら当てられると思うよ」
砂橋の言葉に、俺は安堵の息を漏らす。どうやら、最悪の事態にはならないようだ。
「それじゃあ、噛み砕いて説明しようか。ああ、もうカルピスもクッキーもいらないよ。また眠くなったらたまらないし」
砂橋はそういうと血だまりの中に足を下ろして、両手を広げた。
「小松くんを殺したのは、島津さんと西片さんだ」
美容室内に響き渡る砂橋の声に、待合室にした島津と西片が席から腰を浮かせる。
自分たちが犯人だと言っていた相手が、逆に自分たちのことを犯人だと言い出したのだ。気が気でないのは当然だろう。
「なにを言ってるんだ! 犯人はお前だろ!」
「はいはい。落ち着いてよ。人の話を最後まで聞こうね」
今にも砂橋に噛みつきそうな顔をしている西片の前に筋肉質な熊岸警部が立ちはだかる。島津の方は食って掛かるようではないものの、砂橋を睨みつけていた。
「まずは小松くんが死んだ事件について話そうか。僕は四時にこの美容室に来て、ここで出されたカルピスを飲んで、眠ってしまった。その間に、島津さん、西片さんの二人が小松くんを殺した。こんなところかな」
犯行時刻の砂橋の証言は、寝ていた。
それに対して、島津と西片の証言は、悲鳴が聞こえ、小松が砂橋に頸動脈を切られ、島津を襲い気絶させ、西片を襲い気絶させたというものだ。
確実にどちらかが嘘をついている。馬鹿げた嘘を。
「眠る振りでもしてたんだろ」
「悲鳴も聞こえたはずなのに、起きないなんて薬の影響としか考えられないよ。あ、君たちにとって僕は寝てないんだったね」
砂橋の飄々とした態度に思わず声を荒げたのは西片だった。
「警察はこんな殺人鬼の声に耳を傾けて、俺たち市民の安全の確保を怠るのか! さっさとそいつを連行しろよ!」
これは砂橋の話を俺たちだけで聞いた方が話がスムーズに済むんじゃないんだろうか。
俺は砂橋をちらりと見たが、砂橋は俺になど目もくれず、島津と西片のことを見ていた。くすくすと口元を抑えて、砂橋は首を傾げる。
「殺人鬼チュパカブラなんて、だっさい名前を冠して、楽しんでるお馬鹿さんは君たちの方でしょ? 僕だったら、そんなださい名前、つけられた瞬間に連続殺人を投げ出すよ」
「いや、お前だろ!」
さも自分は関係ありませんと平然と連続殺人の犯人を馬鹿にしている砂橋に「お前が言うのか」と西片が突っかかる。先ほどから、西片の隣の島津は唇を一の字に引き結んでじっと砂橋のことを睨んでいた。
まるで、島津の分まで西片が喋っているようだ。
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