第344話 殺人ヘアカット8
島津と西片の二人から聞いた事件の内容を砂橋に報告していると、猫谷刑事のところに鑑識の人間がビニール袋に入ったナイフを持ってきた。
「これがナイフか……」
猫谷刑事に頼んで、押収されたナイフを見せてもらった。サバイバルナイフには全体にべっとりと血が付着しており、柄までも血に塗れていた。
「弾正は僕が犯人だと思う?」
ふと、椅子の上に両足をあげて、膝を抱えて暇そうに足先を揺らしていた砂橋がナイフをじっと見ていた俺に問いかけた。
「お前が犯人? そんなわけないだろう」
それは絶対にありえない。砂橋が高校時代の知り合いなどという希薄な人間関係の者を殺すとは思えない。死んだのが別の人間であれば、俺は砂橋が犯人かもしれないと信じたかもしれないが、今回の事件に関してはありえない。
俺は亡くなった小松秀伸のことは一切知らないが。
砂橋は満足そうに目を細めると、俺の袖を引っ張った。
「それじゃあ、今日の夕飯はビーフシチューとバゲットがいいな」
「……スーパーが閉まるまでにこの事件を終わらせることができたら考えよう」
「まず、僕は小松くんを殺した犯人ではないし、連続殺人事件の犯人でもない」
砂橋は猫谷刑事の手から流れるような動作で手帳を奪うと、鏡の前の台にそれを開いたまま置いた。かろうじて、血が付着していない部分に置かれた手帳には、連続殺人事件の被害者の詳細が書かれている。
「ちょっと」
「いいじゃん。熊岸警部も止めないだろうし、血塗れの僕を警察署に連れ帰るよりもそのまま勝手に帰った方が猫谷刑事もいいでしょ?」
言い包められたわけではないだろう。猫谷刑事は、砂橋に何を言っても無駄だと分かっただけで、反論することはなくなった。ただ俺にだけ聞こえるように「何も分からなければ、警察署に連行します」と呟いた。
砂橋は手帳の文字を目で追って、微動だにしていない。
『七月九日(金)丹山沙代里(にやまさより)(女)(二十一歳)大学生。十五時頃、大学敷地内で目撃を最後に行方不明となり、同日二十三時、××駅裏の自転車置き場にて遺体が発見される。
七月二十一日(水)稲垣範人(いながきのりひと)(男)(十七歳)高校生。××高校の野球部の朝練のため七時に自宅を出た後、消息不明に。同日二十一時に閑散とした住宅街の花壇にて遺体が発見される。
八月二日(月)本田千代(ほんだちよ)(女)(三十一歳)会社員。勤務している××広告会社を体調不良で十二時に早退した後、消息不明に。同日十八時、繁華街の路地裏にて遺体が発見される。
八月十日(火)浅井博樹(あさいひろき)(男)(六十一歳)無職。散歩と称して自宅を十時に出かけた後、消息不明に。同日二十三時、住宅街のゴミ捨て場にて遺体が発見される。
八月二十六日(木)青樹利恵(あおきりえ)(女)(二十二歳)専業主婦。十五時頃、スーパーに訪れ買い物をしたのを最後に消息不明に。同日二十二時、ラーメン屋の裏口の近くにて遺体が発見される。
九月四日(土)中津比呂(なかつひろ)(男)(十五歳)中学生。学校の授業が終わり、十六時頃、学校から自宅へ帰宅したのを最後に消息不明に。同日二十三時半、学校近くの××池にて遺体が発見される。』
六人の名前が並ぶ中、中津比呂の下に小松秀伸の名前が付けくわえられていた。
七件の殺人事件は年齢も性別もバラバラだ。しかし、被害者は消息不明になった同日に死体が発見されている。人を攫い、殺すまでに時間が空いていないどころか、殺して死体を放置するまで迅速に行われている。
犯人にとって、この殺人事件はなんの意味があるんだろうか。
「本当に被害者がばらばらなんだね」
「男女は均等に選んでいるように見えるがな」
「わざと被害者にばらつきが出るようにしているとか?」
砂橋の言い分も分かる。
ここまでばらつきが出ているのであれば、犯人はわざと被害者の特徴がばらけるようにしているのかもしれない。かといって、年齢別にばらつきがあるというわけではない。もしかしたら、職業別に殺しているのだろうか。
「職業別に被害者を選んでるのか?」
「それはないでしょ」
俺の考えは砂橋に一蹴された。
「中高は制服を着ているだろうから一発で分かるとして、会社員や主婦は? 会社から出るのをつけていたから分かるとしても早退じゃなくて、用事があって、すぐに会社に戻る人だったら? すぐに行方不明になったとばれたら面倒だよ」
会社員の女性でなくとも、主婦の女性だって、会社に勤めていて、たまたま平日に休みだったという可能性もありえる。
不確定な情報の中、被害者を殺して、死体を放置していたのだ。被害者に関して調べる時間もないだろう。
「全員、首を切って、腹を刺して殺してたんでしょう? なのに放置された場所には血の跡はなく、血が大量になくなっているから、殺人鬼チュパカブラ……だっさい名前!」
砂橋はケラケラと血だまりの傍であげるとは思えないほど爽やかな笑い声をあげた。
お前がそのださい名前の殺人鬼チュパカブラだと思われてるんだぞ、と注意して黙らせたくなる。砂橋の笑い声は待合室に座っている二人にも聞こえていることだろう。
「にしても、僕が連続殺人鬼だなんて、笑える冗談だね」
俺にとっては笑えない冗談だ。砂橋が連続殺人などをしたら、逃げ回った挙句に泡のように消えてしまうに決まっている。解決できない連続殺人事件など覚めない悪夢だ。
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