第342話 殺人ヘアカット6
「笹川くんもダメだったかぁ」
他に自分のアリバイを証明してくれる人間はいないものかと砂橋は首を傾げた。
六件の殺人事件全部に砂橋のアリバイがない。笹川に連絡をして聞いてみたところ、砂橋は殺人事件があった時に依頼を請け負っていないどころか探偵事務室にも来ていないという返事が来た。
いったい何故そんなことを聞くのかと問われて、俺は笹川との通話を終わらせた。
「……連続殺人を行ったのは砂橋さんですか?」
「僕じゃないね」
さすがの猫谷刑事も口元が引きつっていた。砂橋のことを疑っていたのは猫谷刑事なのだが、それが現実味を帯びてきて、恐ろしくなってきたか。
「弾正、ティッシュちょうだい」
猫谷刑事からもらったポケットティッシュを砂橋に手渡した。もうすでに俺と砂橋の手により、血塗れになってしまってるポケットティッシュなどいらないだろう。広告が挟まっているポケットティッシュなど駅の近くを歩いていればいくらでも手に入れられるはずだ。
ごしごしと手のひらについた血を拭って、丸めたティッシュを砂橋は鏡の前に放った。
「じゃあ、あっちの二人のアリバイは?」
砂橋は待合室に座っている二人の男性に視線を投げかけた。
「彼らには連続殺人事件の際にアリバイがあります。出勤日時と被っているので」
「ふーん」
あの二人のアリバイはすでに証明されているらしい。
「僕があの二人に話を聞くことはできる?」
「できません」
やけにはっきりと首を振る彼に、砂橋があの二人に話を聞けない事情があるのだと察する。よく見れば、小太りの男性も眼鏡の男性も、両腕に切り傷らしきものがあり、小太りの男性の方は頭を怪我したのか、今は包帯を巻いていた。
「……まさか、砂橋に攻撃をくらったわけでは」
「二人ともそう証言しています」
俺は思わず砂橋を見た。砂橋は首を横に振る。二人の男性を怪我させた記憶はどうやらないらしい。
上手い具合に記憶を失ったというわけではないだろう。それなら、殺人を犯したとしても知らぬ存ぜぬをつきとおすことができるかもしれない。しかし、人間の頭はそんな簡単にはできていないだろう。
「じゃあ、弾正。あの二人に聞いてきてよ」
「俺がか?」
「僕が話を聞けないんだから、当然でしょ。ほら、行ってきて」
あの二人に何を質問すればいいのか分からないのに、俺は砂橋に背中を押されて、仕方なく、そのまま待合室の空間へと足を伸ばした。
猫谷刑事は砂橋から離れない。鑑識や他の警察がいる中で一番砂橋の見張り役にふさわしいのは彼だろう。まぁ、彼が砂橋を見張っていたとしても、砂橋の余計な行動を止めることはできないだろうが。
「すみません。話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「警察の人ですか?」
俺は近くに座っていた眼鏡の男性に話しかけた。眼鏡の右側のレンズにヒビが入っている。
「近からず遠からずです。事件当時のことをもう一度聞かせていただきたいのですが」
「……分かりました」
近からず遠からずとは。我ながらよくさらりとこんな嘘をつけたものだと思う。砂橋の影響で嘘をつくことに抵抗がなくなったのかもしれないと思うと背筋に寒気が走った。
「まず、四時に秀伸の知り合いだという彼が店にやってきたんです。秀伸は買い出しに出かけていたので、少しの間、待ってもらって、秀伸が帰ってきた後に、シャンプーとカットをしてもらってました」
彼というのは砂橋のことで間違いないだろう。
小松という砂橋の高校時代の知り合いに呼ばれた砂橋は、この店にやってきた。この認識に間違いはないだろう。
「カットが終わった時、俺はもうそろそろお店を閉めようと待合室の掃除をしていたんです。でも、その時に秀伸の悲鳴が聞こえて……。慌てて、どうしたのか見てみると……秀伸が彼に刺されていたんです」
いや、もうこの時点で分からない。
砂橋がいきなり小松秀伸を刺した。
そのようなことを砂橋が行うはずがないと信じたいので、なおさら、彼が嘘をついているのではないかと疑ってしまう。
「その時、俺はレジの奥の事務室にいたよ」
話に割り込んできた小太りの男性は、控えめに確認するように自分の頭の包帯を指の腹で撫でていた。
「事務室で作業をしていたら、悲鳴が聞こえたんだ。最初は秀伸がいつもみたいにへまをしたのかと思ってスルーしてたけど、その後、門次の悲鳴も聞こえたから気になって事務室から出たら、ナイフを持ったあいつがいたんだよ。それでこの有様さ」
小太りの男性が自分のガーゼだらけの腕を指さす。端から覗く傷からして鋭利なものによる切り傷だ。このような傷は眼鏡の男性の腕にもある。
ますます分からない。
高校時代の知り合いの小松を刺す動機などは百歩譲ってあるかもしれないと仮定した上でも、美容室にいたこの二人の男性に怪我をさせる意味はあるのか。
しかも、逃げるために怪我をさせたのならともかく、砂橋はこの惨状のまま、一度も起きることなく、寝ていた。
何故、殺人した上に人を傷つけておいて、逃げずに眠ることができるのか。
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