第334話 栖川村祟り事件38


「ノート、見せてもらったのか?」


 あの後、他の村人に知られることもなく、暁之佑さんは警察に連行されていった。


「んー?うん、読んでる。見てて分かるでしょ?」


 砂橋は縁側に寝転んで、暁之佑さんから栖川さんに渡されたノートを読んでいた。どうやら、砂橋が面白そうと思う内容ではなかったらしく、読み終わった砂橋は縁側から起き上がり、俺にノートを渡してきた。


「砂橋さんたちは今日帰るんでしょう?」

「はい。今日の夕方頃に祐司さんが来るはずなので、入れ替わりで僕らは帰ります」


 俺は砂橋から受けとったノートを開いた。


 祐司さんとは誰だろうか。俺はてっきり母親のために依頼をしてきた芳郎さんが来ると思っていたのだが。


「末っ子のあの子が来てくれるなんてねぇ。まさか、本当に家を心配して帰ってきてくれるとは思わなかったわぁ~。実はダイニングをリフォームしてくれたのも祐司なのよ」


 どうやら、祐司さんというのは栖川さんの三男らしい。


 日記を捲っていると、最近きつく端が折られた場所があるのに気づいた。


『小桧山の夫婦が夜分遅くにうちに訪ねてきた。しきたりで小桧山の人間が神社を継がなければいけないが、小桧山に嫁いできた妻の舞は不妊だから、村人には隠して、養子をもらうことを許してくれないかと相談を受けた。』


「……」


 杏里は、養子だった。


 ノートの端が折られた箇所には、相談に来た小桧山夫婦の話を聞いた栖川夫妻が村人には黙って養子をもらうことを了承したことが書かれていた。


 そうして、小桧山家に迎え入れられたのが、杏里だ。


「暁之佑さんは猪ヶ倉さんが連れて行って、樹さんと杏里さんには倫太朗さんの方から話がされたんだって。村人たちには栖川さんが折を見て話すみたい」

「……そうか」


 砂橋は栖川さんからもらったアイスを食べていた。


 昨夜から杏里と樹とは会っていない。きっと村から出るまで顔を見せてはくれないだろう。


「このことを知っていたのは、小桧山夫婦と栖川夫婦だけだったのか」

「そうじゃないの?知らないけど、でも、倫太朗さんは知ってたかもしれないよ」

「どうしてだ?」


 砂橋はアイスを一口かじった。紫色だから、ブドウ味のアイスだろう。


「だって、自分の子供が二人とも好き同士だったんだよ。今後のことについて話してないわけないと思うよ。神社のしきたりもあったのなら、なおさらね」

「……」


 栖川さんに「ひどいことは言わないで」と言われた砂橋は、本当に言葉を控えたのだ。


 暁之佑さんは全部ひとりでやったと言った。


 しかし、電話線を切るにも、ワイヤーを死体に結び付けるのも、倫太朗さんに見つかることなく、進めるのは不可能だろう。


 それを砂橋は追及しなかった。


「砂橋さん、弾正さん。帰る前にもう一度、うちの主人に挨拶していかないかしら?」

「墓参りですか?」

「ええ、一緒に行きましょう?」


 栖川さんに連れられて、砂橋がアイスを食べ終わった後、俺たちは栖川家を出た。


「この村の鬼の伝説の話は知っているわよね?」


 その話なら、絵巻も見たし、砂橋や杏里や樹から聞いた。

 この村の人達は鬼に死体を差し出す約束をしたと。


「昔、この村では死体を放っておいたせいで病気が流行ってしまったの。それが死体のせいだと気づいたのが私達栖川家の祖先だと言われているわ」


 墓へ行く道で、栖川さんは静かな俺たちに鬼の伝説について話し始めた。


「それからこの村の人間は死体が出るとすぐに川に流すようにしたみたいよ。亡くなった家に入って、他の村人が死体を運び出して、川に流すの。それを鬼に攫われたって言うのが暗黙の了解になったの」


「それで、墓の中には旦那さんしかいないって言ってたんですね」


 砂橋は合点がいったように頷いた。


 鬼は病であり、死体がなくなっていたのは、村人の仕業だったのだ。


「これから、杏里と樹はどうなるんですか?」

「たぶん、暁之佑くんが殺人をしたということで少しの間は避けられると思うわ」


 それは確かにそうかもしれない。


 しかし、殺人は親のしたことだ。本来であれば、杏里は関係のないことだ。


「でも、きっとそのうちどうでもよくなるわ。人間ってそういうものよ。村人だって哲郎くんには困っていたもの」

「……そういうものですか」


 砂橋は墓の前につくと持たされた柄杓を持って、水を墓にかけた。


「そういうもんでしょ。人の死って」


 砂橋にそう言われると「周りの人はお前とは違うんだぞ」と言いたくなるが、確かにそういうものかもしれない。


 俺はため息を吐いて、墓に供え物をした。

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