第333話 栖川村祟り事件37
「ていうか、犯人がいるとして、どうして、そんな面倒なことをしたんだ?」
「それが聞きたいから暁之佑さんと倫太朗さんを呼んだんだよ」
砂橋に視線を向けられて、暁之佑さんと倫太朗さんはしばらくじっとしていたが、先に口を開こうとしたのは暁之佑さんだった。
「僕は……」
「そもそも、ワイヤーを括りつけて、対岸に引っ張るというのなら、他の西の人間にも可能だろう。俺たちだけじゃなくて、他の村人も犯人の可能性がある」
暁之佑さんの言葉を遮るようにして、砂橋を見据えた倫太朗さんを見て、砂橋は目を細める。
「確かに、他の村人にも可能だ。人がいない間に神社の裏手に来て、作業をすればいいんだから」
暁之佑さんや倫太朗さん、そして、他の村人に気づかれずにワイヤーを死体に結び付けて、ワイヤーを対岸まで持っていき、井戸の滑車などに通した状態で、橋に火をつけ、橋を落とす。
村人たちが全員いなくなった頃に出てきて、ワイヤーを引いて、向こう岸から死体を引っ張り、西の焚き火台の隣に置いて、ワイヤーを回収する。
この工程なら誰でもできるだろう。
「でも、夜中にワイヤーで人を対岸まで手繰り寄せるのなら、人がいない方がいいよね。ましてや、警察とか、いない方がいい」
砂橋はにこやかに言い放った。
「僕、村人たちが栖川さん家に集まった時、黒電話をかけようとしたんだよね」
「は?」
倫太朗さんが目を丸くする。
「黒電話のかけ方がうろ覚えでさぁ。一回、誰かにかけてみようと思って知り合いに電話したら、ちゃんとかかったんだよね。相手がもしもしって出た瞬間に、じゃあねって切ったけど」
相手に迷惑だろう。
いや、待て。
迷惑以前に、栖川さん家に村人が集まった時に電話がかかった?
それはおかしいだろう。
だって、あの時。
「倫太朗さんが電話を警察にかけようと言った時、かからなかった。そして、大丈夫な電話を探すか、麓に人を生かせるかという選択にすぐに暁之佑さんが人を麓に行かせようと言った」
そうだ。
砂橋が、電話がかかったと言うのなら、あの時のやり取りはなんだったのか。
しかも、その後、電話線が切られていることを俺たちは確認している。
「黒電話は玄関にあった。そして、村人たちや僕らが集まっている和室からは黒電話は廊下に出ないとみられない位置だった。部屋から顔を覗かせないと見えない位置」
砂橋はにこにこと笑っていた。
「僕たちよりも後に来た二人のうち、どちらかが電話線を切ったんでしょう?」
「それは」
「倫太朗さん、もう庇わなくていいです」
倫太朗さんがなおも砂橋に何か言おうとしたのを、暁之佑さんが止めた。諦めたような顔をした彼は砂橋を見て、息を吐いた。
「尾川哲郎くんを殺したのは僕です」
砂橋の隣で猪ヶ倉が息を呑む。
「倫太朗さんは?」
「たぶん、僕が犯人だと分かっていながら庇ってくれていたんだと思います。共犯者じゃないです」
「ふーん」
砂橋は訝しむような視線を倫太朗に向けたが、倫太朗は視線を落として自分の膝を見ていて、視線はかみ合わなかった。
「……どうしてか聞いてもいいかしら?」
今まで黙っていた栖川さんが紙コップを置いて、暁之佑さんに尋ねた。
すると、暁之佑さんは座布団の上で体の向きを変えて、膝を栖川さんの方へと向けて、頭を下げた。
「すみません。こんな騒動を起こしてしまい……」
「顔をあげてください、暁之佑くん」
「哲郎くんは普段から杏里や樹くんに嫌がらせをしてきました。度が過ぎると大人の我々が思う程に……、それがお焚き上げの前日に、彼が家に入り込んでいたんです」
尾川哲郎に関して、いい噂はついぞ聞かなかったが、ついに人の家にまで忍び込むようになっていたか。
「……彼はある秘密を知ったからと僕のことを脅して、金を寄越せと言ってきました。それでカッとなって……」
「……あなたが殺したのは哲郎くんだけなの?砂橋さんの言っていたことは間違いないのかしら?」
栖川さんの問いかけに暁之佑はこくりと頷いた。
砂橋はもう謎も解いたから興味がなくなったといわんばかりにモナカを頬張っていた。そんな砂橋を見て、猪ヶ倉は思いっきり眉をひそめていた。
「秘密ってなんなの?」
さすがにもう興味もなくなったから、そんな質問はしないと思っていた矢先のことだった。
暁之佑さんも砂橋にこんな質問をされるとは思っていなかったのだろう。思わず目を丸くしていた。
暁之佑さんは視線を落とした後に、自分の上着の下から古いノートのようなものを取り出した。
「哲郎くんはどうやら、栖川さんの家の物置からこれを盗んできたみたいです。これを読んで、彼は僕のところに来て、秘密を知ったと言ってきました」
彼が取り出したノートは同じようなものを物置から出したものの中に見た。確か、漆塗りの箱の中に同じようなノートが何冊も収められていたはずだ。その中から一冊なくなっていたとは思わなかった。
「二十四年前の日記だね」
砂橋が座布団から立ち上がって、栖川さんの渡されたノートの表紙を見た。二十四年前と言えば、俺たちが生まれた頃合いか。そうなると樹と杏里が生まれた頃と同じくらいか。
「東と西は今までずっと、神社の役割を小桧山(こひやま)家と山ノ端(やまのは)家が担ってきました。でも、今、小桧山家の人間である僕が殺人を犯したとしたら、もう小桧山家が神社の管理の役割を担うことはできないでしょう」
倫太朗さんは暁之佑さんが喋る中、何も言わなかった。
静かに暁之佑さんの話を聞いていた栖川さんはこくりと頷いた。
「西の神社は取り壊しましょう。今までのしきたりももうやめましょう」
じっとノートの表紙を見ていた砂橋が振り返った。
「ほら、猪ヶ倉さん。犯人が自供したんだから、やることは一つでしょ?」
「え、あ、本当か?」
「本当だって」
猪ヶ倉が困惑するなら砂橋は事件を解決したのは猪ヶ倉ということにしてくれと念を押していた。
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