第332話 栖川村祟り事件36


「もう一つ、東で見た時と西で見た時の違う点は、濡れていたところ」

「濡れていた?」

「ああ、確かに、西で死体にブルーシートをかける前に地面が濡れてたんだよ」


 猪ヶ倉が思い出したように手をぽんと叩いた。


 俺は詳しくは見ていないが、地面が濡れていたということは死体自体が濡れていたのだろうか。


 昨日から今日まで、雨が少しの間でも振ったという話は聞かなかった。それに俺と砂橋は今日ずっと雑草を抜いたり、庭の掃除をしていて、外にいた。雨など降っていないどころか、暑すぎたくらいだ。


「だから、僕、東にあった死体が橋がなくなってるうちに泳いで、西にやってきたんじゃないかと思ってさ」

「は?」

「はぁ?」


 栖川さん以外の全員が素っ頓狂な声をあげた。俺も思わず声をあげた。むしろ、どうして、栖川さんは呑気に麦茶をすすっているのか分からない。これが年の功というものなのか。


「その方が、鬼が死体を持っていったって言うよりもよほど現実的じゃない?」

「現実的って……」


 暁之佑さんが信じられないような目で砂橋を見て、倫太朗さんがため息をつく。


「おい、変なものでも食べたのか?」


 挙句の果てには猪ヶ倉に心配される始末。

 しかし、砂橋は肩を竦めた。


「ちょっと落ち着いて、噛み砕いて説明しようかな」


 砂橋はポケットに手を突っ込んで、いつの間に持っていたのか分からないモナカを取り出して、包装を破いた。


 たぶん、栖川さんにもらったのだろう。


 一口食べて、中に詰まったあんこを味わってから、砂橋は言葉を続けた。


「死体が移動したとしたら、橋が燃えて、村人たちが家に帰った後だ」


 死体を移動させるとしたら、その時間しかない。しかし、橋は燃えていて、移動する手段がない。持ち運ぶとしたら、橋がないと無理なのだから。


 しかし、死体の両手足に細い線の跡。


「もしかして、死体にワイヤーなどを結び付けておいて、後から向こう岸から引っ張ったとか言いたいのか?」


 俺は砂橋の小出しにしているヒントからそう解釈して、砂橋に回答を求めた。


「まぁ、そんなとこ」

「いやいや、さすがに人一人をワイヤーで引っ張ることなんてできませんよ?」


 暁之佑さんが倫太朗さんと俺と猪ヶ倉を見ながら、そう訴える。


 死体は成人男性ほどの大きさ。ワイヤーなどで結んでいたからといって、向こう岸から人一人の力で引っ張るのは無理があるだろう。


「滑車の力を使えばいいんだよ」

「滑車?」


「もしかして、神社にある井戸の滑車のことか?それなら、十年前から使っていなくて、もう錆びて使い物にならないぞ」


 倫太朗さんの言葉に、橋が燃えていた時に樹に言われたことを思い出す。


 あの時、井戸の水も使えないかと聞いた砂橋に、井戸は使えないと樹は言ったのだ。


「東の井戸の滑車は使えないだろうさ。西の井戸は使えるけど」


 砂橋は、暁之佑さんを見る。


「ねぇ、暁之佑さん?井戸って最近まで使ってた?」

「使ってないです……」


「じゃあ、どうして使ってもない井戸の滑車が錆びてないのかな。ていうか、滑車の部分だけ付け替えたみたいに新しかったけど、最近、新しくしなきゃいけないことでもあったのかな?」


「砂橋さん」


 栖川さんの声に砂橋の問い詰めが止まる。栖川さんはポケットから新しいモナカを三つほど取り出して、床に置かれた砂橋のスマホの隣に置いた。


 砂橋は手に持っていた食べかけのモナカを口に全て放り込み、床に置かれたモナカを全部とっていった。


「滑車の力を使えば、人一人分の重さならなんとかなりそうだし、なにより、東と西の焚き火台の近くの木の柵に引っ掻いたような傷が出来ていたんだよね」


 砂橋が木の柵を触っていたことを思い出す。もしかして、あの行動は木の柵についていた跡を確認していたのか。


「ワイヤーを使って、対岸に引き寄せた際にワイヤーが木の柵にこすれてついた傷かなと思うんだ」


「それじゃあ、あれか?元々東に遺体があって、それなのに、わざわざワイヤーで結んで、橋を燃やした後に引っ張って、西に移動させたっていうわけか?」


 猪ヶ倉が砂橋の言っていたことを分かりやすくまとめた。


 先ほどまで砂橋が変なものを食べたと心配していたが、ちゃんと話を聞いてくれていたようだ。


「そうそう。猪ヶ倉さん、ちゃんと話聞いてるんだね」

「話聞くために俺は来たんだがっ?」


 食い気味に反論する猪ヶ倉に砂橋は気分をよくしたらしい。嬉しそうに笑いながら「ごめんごめん」と言っていた。

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