第331話 栖川村祟り事件35


「お待たせしました……」


 樹に紙コップを渡されて、麦茶を自分の分と砂橋の分を入れていると暁之佑さんと杏里と猪ヶ倉が本殿に入ってきた。


「本当に私たちは聞いちゃダメなの?」


「うん、ちょっとした確認だからね。間違ってる情報なら伝えるわけにもいかないし」


 杏里と樹は困惑したようにお互いを見てから、渋々と頷いて、本殿の中から出て行った。


 二人が扉を閉めると、それぞれ円になるように並べられた座布団に座った。図らずしも、砂橋が一番奥の座布団に座り、俺がその左隣、猪ヶ倉がその右隣りに座ることになった。


 倫太朗さんは俺の隣に、暁之佑さんは猪ヶ倉の隣に座り、砂橋の向かいに栖川さんが座る形となる。


「じゃあ、率直に聞きます」


 砂橋は俺から麦茶の入った紙コップを渡されながら話を切り出した。


「暁之佑さんと倫太朗さんだよね?今回の事件の犯人」


 猪ヶ倉が目を丸くした。ぱくぱくと金魚のように口を開閉する顔を見て、俺は首を横に振る。


 今はまだ、口を出すべきではない。俺も猪ヶ倉も。


「えっ」


 暁之佑さんは驚きのあまり、紙コップを手から取り落した。しかし、喉が渇いていてすぐに飲み干してしまったのか、床に麦茶が零れることにはならなかった。


「違う」


 倫太朗さんははっきりと口にした。睨みつけるように砂橋を見ると彼はさらに口を開く。


「どうしてそう思ったのか聞いても?」


 倫太朗さんには初対面の時からいい印象を持たれていないだろう。なにせ、初対面での砂橋の挙動は死体の写真を撮るおかしなよそ者だ。俺も同じようなものだと思われているのだろう。


「僕、思ったんだ。死体が発見された時、倫太朗さんは村人たちを全員、栖川さん家に集合させるように言った。そして、暁之佑さんと行動して、栖川さん家には二人が最後に来た」


「それが?」


「その間に死体に触れられるよね?」


 砂橋が言いたいことは分かる。


 栖川さんの家に村人が全員集まっている間、暁之佑さんと倫太朗さんは二人だけ自由の時間がある。


「俺たちはあの間、他の民家に人が残っていないかどうか手分けして確認していた」


 倫太朗さんの発言に紙コップを慌てて拾い直した暁之佑さんがこくこくと頷く。


「それに死体に触れたとして何をする?死体はただの焼死体だ」

「僕は東にあった焼死体は西に移動されたと思ってる」

「村人たちが全員栖川さんの家に集まった時に死体を西に移動したと?」


 ありえない。


 その時にもうすでに死体が西に移動されていたとするのならば、橋が燃えた時に俺たちが死体が東からなくなっていることに気づかないわけがないのだ。


 そして、西も同様に死体があることに気づかなかったわけがない。


「死体が西で発見されたのは、正午です。昨夜、村人たちが栖川さんの家にいた時に移動したなら、村人たちは正午より前に死体を発見しているでしょう……?」


 暁之佑さんが思い出すように顎を手でさすりながら答える。


 砂橋だって、これぐらいのことは分かっていたはすだろう。何故、わざわざ反論できるような話をするのか。


「栖川さんの家に村人を移動させた時は、死体を移動させたんじゃなくて、死体に細工をしたんだよ」


 砂橋は自分のスマホをポケットから取り出した。


「これが、東の焚き火台から出てきた死体を撮影した時」


 前のめりになり、座布団に座っている全員も身を乗り出せば見えるように、床にスマホを置いて、砂橋が画面を指さす。


「うわっ、嘘だろ……」

「え、写真……?」


 また見せるのかと呻く猪ヶ倉と、砂橋が死体の写真を撮っているとこの中で唯一知らなかった暁之佑さんの驚きの声を無視して、砂橋は画面の写真を別のものに変える。


 猪ヶ倉と暁之佑さん以外の人間はもうすでに砂橋の奇行を知っているので、これと言った反応はなかった。


「これが西で発見された死体の写真」

「……西の死体も撮っていたのか」

「気になったから」


 倫太朗さんの素朴な疑問に砂橋が平然と答えると、言葉ではなく、深いため息が返ってきた。


「背格好、頭の不自然なへこみ、ぱっと見た感じ、東で見つかった死体と西で見つかった死体は同一人物。だけど、違うところが二点ほど」


 砂橋は死体のとある部分を拡大する。


「西の方の死体には、手足に、細い線のような痕がついている」


 俺は目を細めて、意を決して、拡大された箇所を見た。


 確かに細い線の跡のようなものが確認できる。まるで、細い線を巻き付けられ、力いっぱい引っ張られた後のようだった。


「これが、両腕と両足にあった。ワイヤーとかを両手両足に結び付けたんじゃないかと思うんだよね」


「東で見つかった死体と西で見つかった死体は別の人間のものじゃなかったんですか……?」


 驚いたように暁之佑さんが目を丸くする。


 砂橋はぱっと見て死体は同じだと判断した。科学的な判断ではないため、同じ死体だと言い切ることは難しい。


 そもそも、犯人も砂橋が「そう思っただけ」ということもありえる。俺たちは警察でも裁判員でもない。間違えたところで砂橋への信用がなくなるだけで他の責任はないだろう。

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