第330話 栖川村祟り事件34


 腕時計の針を確認する。午後八時。


 猪ヶ倉はどうしているのだろうかと思ったら、東の神社の前の道で何度も自分の腕時計を見て待っていた。制服のまま、片方のつま先でとんとんと地面を叩いている。


「猪ヶ倉さん、待ってたんだ?」


 砂橋の呑気な声に猪ヶ倉は腕時計から顔をあげた。


「何時にどっちの神社かちゃんと指定しろよ……!」


 ごもっともな意見だ。


 せめて東か西、どちらの神社に集合かは言っておいた方がよかっただろう。


 もうすでに杏里と樹は先に父親に集まるように伝えるために栖川家を出ていて、俺と砂橋は栖川さんの足並みに合わせて、東の道を歩いていた。


「砂橋、栖川さんに橋を渡らせるのか?」


「ちょっと怖いかな。東の神社に場所を変更しようかな。杏里さんたちに東に変更だって言ってきてくれる?」


 砂橋は今までずっと待たせていた猪ヶ倉に向かって、そう言った。頼み事をされた猪ヶ倉は「なんで俺が……っ!」と悪態をつきながらも橋を渡っていった。


「砂橋さん、ひどいことは言わないでちょうだいね」

「……言いませんよ」


 栖川さんを振り返らずに砂橋は静かにそう言う。


 犯人や周りの人間に対して容赦がないのがいつもの砂橋だが、栖川さんが見ている前で、果たしていつものような言動ができるだろうか。


 しない方がもちろんいいのだが。


「真実を暴くのはいつだって、かわいそうになる人がいるものよ」

「知ってます」


 栖川さんの方を見ずに砂橋はもうすでに日が沈んで、暗い中、東の焚き火台を照らした。


「だからと言って、やったことはなかったことにできません」

「そうね」


 栖川さんは、死体が発見されていた時も落ち着いていた。


 これが年長者としての落ち着きなのか、それとも何かを知っているからこその落ち着きなのかは分からない。


 もしかして、栖川さんもこの殺人事件に関わっているのか。

 そんな可能性も頭も中に浮かんできて、俺は身震いした。


「あれ?砂橋さんたち、西に行ったんじゃ……?」


 樹が東の神社から倫太朗さんを連れて出てきたところを砂橋が笑顔で応対する。


「栖川さんもいるので橋は渡らない方がいいかなと思って、集合場所を東にしようかと話していたんですよ」


「ああ、確かにそうですね」


「じゃあ、早くうちに入るといい。暁之佑さん達もすぐに来るだろう」


 倫太朗さんに迎えられ、俺たちは神社の中に入った。


 神社の中に入ったことは今までの人生で一度もなかったのだが、こんなところで入ることができるとは思っていなかった。


 短い参道を通り、御社殿と言われる神社の中心の建物の中に入る。中にはすでに電気がついている。


 ここは神社の人間しか入ることができないと思っていたのだが、俺たちのようなよそ者が入ってもいいのだろうか。


「ここは栖川さんの家以外で村人たちが有事の話し合いをする時に使っているんですよ」

「ああ、そうだったのか。それなら気兼ねなく入れるな」


 戸惑っていた足を踏み出して、本殿の中に入ると倫太朗さんと樹が座布団を持ってきてくれていた。近くには麦茶が入った大きなペットボトルが並べられた長椅子がある。


 本当に有事の際、村人たちがここで話し合いをしているのだろう。

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