第326話 栖川村祟り事件30
樹とは道で別れ、川へとやってきた俺たちは思わず足を止めた。
「人、渡れてるよね、あれ」
「ああ、そうだな……仮組みのようだが」
まさか、人がもうすでに渡れるとは思っていなかった。
しかし、昼間に見に来た時と比べて、人がいない。どうやら、完成まで見届けようと思った人間はいないみたいだ。いくら、村のライフラインだとしても、今すぐに橋が必要だと切羽詰まっている村人はいないだろう。
荷台が通るほどの広さはないが、人一人が渡るほどの幅と強度はあるに違いない。大工の人間がお互いに何かを言い合いながら、板などを補強しているのが分かる。
人が通れるようになったということは、分かり切っていることが一つある。
「すみません、あっちに用事があるんですけど、通れますか?」
砂橋が早速、こちらの土手で作業をしていた大工の人間に話しかけた。大工の人間が「重たいもの持ってないならいいぞー」と答えると砂橋は「ありがとうございます」と感謝を伝え、さっさと細い橋を渡り終えてしまう。
俺も慌てて、砂橋の後を追い、川の上を通り、村の西へとたどり着く。
「昼間に騒いでたけど、やっぱり死体が出たんだね」
橋を渡り終え、数歩進んだ砂橋は足を止めると、西の神社の裏手のお焚き上げの残骸を覆うようにして、かけられたブルーシートを見つけた。
「死体ってことは……誰かが死んだのか?」
「死んだから死体があるんでしょ」
砂橋の答えはもっともだったが、聞きたいのはそういうことではない。
もし、あのブルーシートの下に死体が隠されているのなら、この村での死人が増えたことになる。
死体が発見されたのは、今日の昼間。それまで死体はなかった。
ということは、神社の周りに人が集まった昨日の橋が燃えた後に死体が置かれたことになる。
村人が二人死んだのだ。
「今度は誰が死んだのか……」
昨日のお焚き上げの後、村人は全員、栖川さんの家に集まり、あの場に来ていなかったのは尾川哲郎のみという確認を村人たちはしていた。
新しく誰かが死んだのだ。
「物騒な村だねぇ」
砂橋の言葉に俺は頷いた。
「ちょっと君たち」
砂橋がブルーシートに近づこうとしているのを見かねた警官が横から声をかけてきた。
ブルーシートの周りにはいなかったのだが、ちゃんと警察の見張りはいたみたいだ。
昨夜、死体が見つかった東側のお焚き上げの周りには警察がいなかったため、油断していた。
「ブルーシートには触っちゃだめだよ」
歳は三十代の健康的な男性と言った印象の警察だった。砂橋は自分に話しかけてきた警察に向かって首を傾げた。
「死体でも出たんですか?」
ずいぶんと白々しい。
死体が出たのかもしれないと自分で言ったくせに。
「ああ、そうだよ」
「でも、昨日、東の神社の方に死体があったよ?また出たの?」
「本当に死体が出たのか?さっき、他の奴が確認したけど、死体なんてなかったって言ってたぞ」
お焚き上げの時に死体が出たことは、西の人間も知っている事実だ。警察にも死体が出たということで来てもらったのだから、当然警察は東の神社の焚き火台も確認しただろう。
「本当に昨日の夜、死体が出たんですよ」
砂橋が言うが、警察の人間も半信半疑だ。「どうだかな」と肩を竦めた。
血などが残っていたら話は別だったが、死体は焼死体で死体の跡も残っていない。
「幻覚でも見たんじゃないのか?」
「ちゃんと死体はあったよ。スマホで写真も撮ったんだから」
そういえば、そうだった。
砂橋は死体が昨夜、西の神社にあるという証拠を持っているのだ。
半信半疑だった警察の人間は、砂橋がポケットから取り出したスマホを操作するのをじっと待ってくれている。やがて「ほら」と、まるで猫の画像でも見せるように差し出されたスマホの画面に、警察の人間の顔が歪んだ。
焼死体を間近で撮った写真を眼前に突きつけられるなど、俺だったら悲鳴をあげているかもしれない。
警察の人間は驚いて、口をぱくぱくと開閉させていた。
「これが、昨日の夜東で発見した死体で」
「それ以上、近づけないでくれっ」
砂橋は話している途中に言葉を遮られて、きょとんとしていたが、すぐにスマホを自分の手元に戻していた。
「ほ、本当に東に死体があったのか?」
「ありましたよ。ちゃんと見ます?こっちの死体と写真の死体を見比べてください」
「やめろ、もう見せるな!もう胃の中は空っぽなんだよ!」
俺は砂橋の肩に手を置いて、スマホを警察の人間に見せようとするのを止めた。警察の人間はほっと胸を撫で下ろしながら「今時の若者って分からない……」と呟いていた。
砂橋のことを今時の若者だと言うのなら、俺にだって今時の若者は分からない。
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