第327話 栖川村祟り事件31


「でも、見比べてみる方がいいと思いますよ。ほら、見てくださいよ」

「そんなに言うなら、お前が見比べてくれ!俺も一緒にいてやるから!」


 またもや顔に近づけられるスマホの画面から目を逸らす警察の言葉に砂橋はしてやったりと言うような表情を俺に見せた。最初から死体を見せてもらうつもりだったのだろう。


 本当にいい性格をしている。


「分かったよ、警察のお兄さん。えっと……」

「猪ヶ倉いがくらだ。他の奴には内緒にしてくれよ……」


 猪ヶ倉はブルーシートに近づき、周りに人がいないことを確認するとちょいちょいと俺と砂橋を手招きした。


 ブルーシートは直に死体にかからないように、近くの井戸にブルーシートをかけて、死体の周りを雨や人の視線から隠すように、地面まで伸ばし、その端を杭で地面に縫い付けているようだった。


 俺たちは井戸の方に空いている隙間からブルーシートの中に入る。


 焚き火台の残骸の傍に黒焦げの死体があった。


 その死体は昨夜、俺が見ないように努めながらも視界の端で捉えてしまった死体に似ている。


「猪ヶ倉さん、警察の人は死体を動かしたりしてないよね?」


 砂橋が焼死体の横に屈みながら、尋ねる。左手に持ったスマホの画面と足元の死体を見比べている。


「動かしてないさ。今は応援待ちだからな」

「殺人事件が起きたのに、来てから応援?」

「村で死体なんて、事故だと思ったからさ」


 殺人事件などこんな長閑な村では起きないと思っていたわけだ。確かにこのような落ち着いた村で殺人事件が起きるとは考えにくい。


 しかし、閉鎖的な村での殺人事件は、前例がないわけではない。

 街だろうが、田舎だろうか、死体は出る。殺人事件は起きる。


「うわぁ……よく死体にそんなに近づけるなぁ……」


 猪ヶ倉は砂橋を見て、顔を顰める。


 死体はあまり経験がないのか、猪ヶ倉は砂橋が死体に近づく時に触るなと注意したりしなかったが、砂橋はそんなことは心得ているようで、一切手を触れずに死体を見聞していく。


「……昨日の死体とは違うんだけど」


 砂橋がぶつぶつと呟きながら首を傾げたと思うと、スマホから「かしゃり」とシャッター音が聞こえた。


 その音に俺と猪ヶ倉の肩がびくりと跳ねる。


 まさか、ここまで来て、知り合いでもない警察の前で軽率な行動をとるとは思っていなかった。


「ちょ、ちょっと、さすがに死体の写真は……」

「SNSにあげたりしませんよ。ここ、電波ないし」


 砂橋は立ち上がるとスマホを操作しながら、満足のいく角度で死体の写真を撮り始めた。


「弾正、この死体はいつ、ここに来たと思う?」


「いつ……昨夜の橋が燃えた騒ぎの時はなかったはずだ。あの時、西側にも人が数人いた。俺たちと同じように神社から消火器を持ってきたのなら、お焚き上げの前を当然通ったはずだ」


 もし、その時に死体があったのなら、昼間にあそこまでの騒ぎになっていない。

 西で死体が見つかったのは昼間で間違いないだろう。


「元からこっちの焚き火台の中にも死体があったと考えられないか?」


 自分で言ってから「ないな」と判断する。


 もし、昨夜からずっと焚き火台の中に死体があったとするなら、栖川さんの家に村人が集まった時、尾川哲郎だけがいないということはないはずだ。


「……ないな」

「ないね」


「じゃあ、死体は橋が燃えた後から昼に見つかるまでの間、午前一時頃から正午までにここに運ばれたことになる」

「そうだろうね。その時間しか、ここに死体を運べない」


 砂橋も俺の考えに同意した。

 誰が亡くなったのかは分からない。


 また暁之佑さんや倫太朗さんに話して、栖川さんの家に村人を全員集めれば、誰がいないのか分かるか。


 いや、やめた方がいいだろう。


 橋が燃えてからこの村を離れることができなかったのは東の村人だけだ。西の人間はいつでも車などを使って、村から離れることができた。


 もしかしたら、麓に買い物に行った西の人間もいるかもしれない。集めたとしてもいない村人が被害者だということは断定できない。


「そういえば、こっちの村人には聞いたんだが、まだ東の村人には詳しい話を聞いてなかったんだ。昨日の夜から何があったんだ?」


 思い出したように猪ヶ倉に問われ、俺と砂橋は目を見合わせた。


 どこから話した方がいいのだろうか。


 すぐに砂橋は猪ヶ倉と俺から視線を逸らして、焼死体や焚き火台の残骸などを見回し始めた。


 説明するのは俺の役目になりそうだ。

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