第325話 栖川村祟り事件29


 午後五時、砂橋と俺は軽く伸びをしてから縁側に座った。


「お疲れ様です、二人とも」

「庭が広くて大変だったねぇ」


 どうやら、杏里と樹も栖川家の掃除が一通り終わったらしく、俺たちと同じように縁側に集まっていた。


「これ、最後のゴミ袋だから」


 樹が持ってきたゴミ袋を受け取って、庭にある荷台の上へと置いた。


「あとはその荷台のゴミ袋を処分したら終わりね」

「橋がどこまで直ってるのか見に行くついでに川の近くまで運んでくるよ」


 砂橋は縁側からひょいと降りた。俺はため息をつきたくなったが、それを堪えて、縁側から立ち上がった。


 俺が荷台の傍に来たところで砂橋が「あっ」と声をあげる。砂橋は樹と杏里に振り返る。


「他の家の電話線、切れてないかどうか確認したいんだけど」

「ああ、それなら、僕の家の電話を使うといいよ」


 樹が縁側から庭へと降りてきた。


「私は栖川さんと一緒に夕飯作って待ってるから三人で行ってきなよ。栖川さんには言っておくね」


 杏里に手を振られながら、俺たちはまず樹の自宅である東の神社へと向かった。


「電話が大丈夫だとして、誰に電話するんですか?」


「依頼人にね。一応、連絡を。僕らは明日で帰るから、依頼の経過報告と村で殺人事件が起こったことを報告しようと思ってね」


「依頼人って栖川さんの長男の?」


「そう。栖川芳郎さん」


 俺が荷台を押し、樹が荷台に乗りきらなかったゴミ袋を持っている。なぜか、砂橋は手ぶらだ。


 神社の隣にある一軒家の玄関の戸を開けて、入っていく。


「樹?」

「父さん、ただいま。砂橋さんに電話を貸してもいい?」

「電話……?」


 倫太朗さんは訝し気な視線を砂橋に向けた。栖川さんの家では電話線が切られていたが、他の家では電話線が切られていないのではと推測したことを話すとやっと倫太朗さんは「それなら確認してみるといい」と言って、茶の間へと引っ込んだ。


 どうやら、俺たちのことはあまりよく思っていないみたいだ。

 それもそうだろう。


 いきなり死体の写真を撮りだし、さらには夜中に家から抜け出して橋までやってきて村人と騒ぎを起こすよそ者だ。警戒するのは当たり前のような気がする。


 全て、砂橋のせいで俺はとばっちりのような気もするが。


 廊下にある固定電話の線はしっかりと繋がっているのが目視で確認できる。これなら大丈夫そうだと砂橋は受話器をとった。


 依頼人の栖川芳郎の電話番号を覚えていたみたいでポチポチとボタンをためらわずに押していく。


 樹は「お父さんと話してきます」と言って、倫太朗さんの後を追って茶の間へと入っていった。


「……もしもし、探偵事務所セレストの砂橋です。栖川芳郎さんのお電話で間違いないでしょうか?」


 砂橋がしっかりと仕事をしているのを見ているとなんだか背中の産毛が逆立つような感覚に襲われる。


「依頼された内容などはほとんど完遂済みです。しかし、昨夜、村のお焚き上げで焼死体が発見されまして……ええ、はい、死体です。明日で依頼は終わりですが、このような事態になってしまったので予定を変更されるかどうか……」


 予定では俺たちは栖川芳郎さんからの依頼である「お盆に母のお手伝いをしてほしい」を完遂した時点で帰ろうと思っていた。


 栖川ウメさんは掃除や庭の手入れも終わったので、あとはゴミを出すだけで終わりだと言っている。ゴミを出せば、俺たちの依頼も終わり、あとは帰るのみとなる。


 しかし、そこに死体が出たという不測の事態。

 さすがにこれは依頼人に指示を仰がねばならないと砂橋は思ったのだろう。


「分かりました。明日の夕方頃に到着して、その入れ違いに帰ればいいんですね?夜中の山道は運転が厳しいかもしれないので、急いで来ていただけるように連絡お願いします」


 誰かが来るのだろうか。


 依頼人の知り合いか、それとも依頼人自身か。


 どちらが来るとしても俺たちが明日帰るのは決まりのようだ。


 砂橋は話し終わると受話器を置く。通話が終わったあたりを見計らって、樹も戻ってきた。


「それじゃあ、橋の方に行こうか」


 橋はどれほど完成しているのだろうか。


「僕は先に栖川さんの家に行ってますね。今晩まで栖川さんの家にいるように言われたので」


 もしかして、これは栖川さんに危害を加えないかどうかを倫太朗さんに心配されているのではないか。


 確かに死体の写真を撮り、橋が燃える現場にも立ち会ったが、そこまで警戒するほどでも……。


 いや、俺でも警戒するだろう。なにも不思議なことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る