第324話 栖川村祟り事件28


 橋の周りには予想通り、村人たちが集まっていた。村人たちの視線の中、大工らしき人間が五人ほど、太い板を運び、川に足場を作っている。


「どこらへんに置く?」


 服が詰め込まれたゴミ袋を両手で持った砂橋が辺りを見回す。橋の周りには村人たちが多いので神社の裏の土手近くに置くことにしよう。


 すると、お焚き上げの残骸が近くに来る。


「これが目的だったんだろう?」

「あの二人にはもう迷惑をかけるなって弾正が言いたそうだったからね」


 砂橋は地面にゴミ袋を置いて、お焚き上げへと近づく。


「砂橋」

「ちょっと見るだけだって」


 砂橋は俺の静止の言葉を全く気にせずに崩れた焚き火台に近づいた。あの崩れた焚き火台に半分埋まるようにして、焼死体があるのだろう。


 死体なんて見て、何が楽しいんだろうか。


「あれ?」


 砂橋が間抜けな声をあげる。


「どうした?」

「死体、ないんだけど?」

「は?」


 今度は俺が間抜けな声をあげる番だった。


 荷台を砂橋が地面に降ろしたゴミ袋の隣に置いて、砂橋の傍へと行く。


 そこには昨日はあったはずの焼死体がなかった。


「どういうことだ?」

「鬼だ!」


 俺のすぐ右横から大きな声がして、俺は思わず右耳を抑えた。慌てて、右を見るとそこには昨日砂橋と橋の前で言い合いをしていた老人がいた。


 また砂橋と言い合いを開始するのかと思わず身構えてしまう。


「鬼?死体を栖川村の人が捧げるっていう約束をした鬼のこと?」


「栖川さんの家に来た客なら知っていて当然か!そうじゃ、その鬼じゃ!死体を放っておいたから、鬼が死体を持っていった!そうに決まってる!」


 この男性は昨日、怒っていたから声が大きかったと思っていたが、普段から怒鳴り声をあげているような声の出し方なのかと俺は納得した。今は怒ってはいないはずだ。


 怒るようなことはまだ砂橋も俺もしていないはずだ。


「どこに持っていったんだろう?」


 砂橋は顎に手を当てて考え込んだ。


 焼死体が横たわっていた場所にかがんで砂橋が地面を確認しはじめる。


「兄ちゃん、あいつは何をやってるんだ?」


 思わずと言ったように俺の右に立つ老人が質問してきた。


「調査でもしてるんでしょう」


「はっ!そんなの警察の連中に任せりゃいいだろうに!まぁ、どうせ鬼の仕業で終わるがな!」


 老人の声に全く反応しない砂橋も、遠くから聞こえた女性の叫び声には反応を示して、顔をあげた。


 俺も老人も砂橋と同じように叫び声があがった方向である西側の神社裏へと目を向けた。


 尻餅をついた女性がいるのが遠目に分かる。


「なんだ?」


 西側のお焚き上げの傍に人がどんどん集まっていく。なんだなんだと大工の人まで集まってくる。騒ぎがどんどん大きくなる。


「死体でも見つかったのかな?」

「縁起でもないことを言うな」


 砂橋が立ち上がって、柵に近づいた。


「でも、二つ目の死体が出たとかじゃない?蛇とかなら、みんな集まってこないと思うし」


 砂橋が西側のお焚き上げを人差し指を向ける。


「おーい!どうしたんだぁ~!」


 俺のすぐ右にいるにも関わらず、老人が大声を出す。思わず、右耳を抑えるが、西の土手にいる村人たちは返事をしない。どうやら、こちらに反応する余裕もないようだ。


 右隣にいた老人が舌打ちをする。


「どうせ、橋が直ったら、分かるだろうよ」


 老人はそう吐き捨てると俺の隣からようやく去ってくれた。


「警察の人もやってきたね」

「怪しい行動はするなよ」

「分かってるよ」


 分かってるのか分かっていないのか分からない。


 砂橋は柵を撫でながら、川の水面を見下ろしていた。


「帰るぞ。帰りに川村さんのところに寄って、荷台を借りなければいけないからな」


 砂橋は柵から手を離して、川から離れた。

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