第322話 栖川村祟り事件26


「九時頃に西の井川さんと桐山さんが麓に出発したそうよ」


 午前十時。庭の雑草を抜いていた俺と砂橋に栖川さんは縁側からそう言った。


「西側と連絡がとれるんですか?」


 他の家の固定電話は大丈夫だったのだろうか。栖川さんの家の固定電話だけが繋がらないように電話線を切られていたのか。


 しかし、それならば、わざわざ村人が麓に車を出すだろうか。


「川の向こう側で大きな声を出してもらって教えてもらったらしいの。あとは身振り手振りで」

「ああ、なるほど……」


 確かに十メートルほどの距離でも大声を出せば届くだろう。声も届かない位置に人がいるわけではないのだから。


「昼過ぎには警察の人と大工の人が到着するかな」


 砂橋は栖川さんから貸してもらった大きな麦わら帽子を被って、雑草をむしっていた。麦わら帽子が似合わない。そして、俺の頭の上にも似たような麦わら帽子がある。


 俺は砂橋よりもさらに似合っていないだろう。


 杏里と樹は家の大掃除をしている。


 この際、いらない物は全部ゴミとして処分してしまおうという話になったのだ。


 庭に置かれた荷台の上には男性の服がゴミ袋一杯に詰められたものがあった。きっと栖川檀次郎さんの衣服だろう。何度も布で補強された半纏などをゴミ袋の中に詰める時、胸の奥に詰まりができるような感覚がしたが、それも一瞬だった。


「今日の昼ご飯はなすを出しましょうね」

「なす……」


 砂橋が顔をあげて、玄関の方を見た。


 そういえば、玄関の方に飾られているなすの精霊馬は砂橋が作ったものだったか。


「砂橋さん、精霊馬は食べませんよ。安心してちょうだい」

「え、いや、食べるとは思ってませんよ?」


 砂橋は困惑したように眉尻を下げて否定した。


 さすがの砂橋でも精霊馬を食べようとは思っていないだろう。栖川さんの思わぬ言葉にうろたえる砂橋を見て、俺は思わず噴き出してしまった。


 砂橋にむしった後の草を投げつけられた。

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