第320話 栖川村祟り事件24
「これはどういうことだ!」
消火器のホースの先を火に向けて、目を離せなかったため、誰が声を張り上げたのかは知らないが、後ろからいくつもの声が聞こえた。
「お前ら、火をつけたのか!」
「違うわよ!私達は火を発見したから火を消そうとしたの!」
「お前たちの泊まってる栖川さんの家はここから一番遠いだろうが!」
まずい。これは非常にまずい時に見つかった。
杏里と村人が言い合う声が聞こえる。
「弾正は火に集中しなよ」
すぐ後ろからこの状況にも落ち着いた声がしたため、俺は後ろから聞こえる言葉を全て無視することにした。
「僕らが犯人だとしたら、火をつけた時点でここから離れてるよ。火がこんなに大きくなってもここにいるなんて、犯人だったとしたら、ただの馬鹿じゃない?」
砂橋が言い合いに参加した。それならば、この言い合いも少ししたら収まるだろうと、安堵すると徐々に橋の炎は収まってきた。
いや、収まったのではなく、炎によって、木の橋が真ん中から燃え落ち、東と西に残った少し炎の残骸を消すのみとなった。
「僕らは犯人扱いにはうんざりなんだ。それに、こんな物騒な村からはさっさと立ち去りたい。だから、犯人がもしかしたら、現場に来るかもしれないと思って見張りに来たんだ。一足遅くて橋に火をつけられたけどね」
「よそ者の言葉が信じられるか!」
「はいはい!じゃあ、自分の頭で考えれば?どうして、僕らが火をつけたのに、その火を消そうとこうやって尽力するわけ?」
後ろを振り返ると、老人に怒鳴り声をあげられながらも一歩も引かない砂橋がいた。
むしろ、顔に青筋も浮かんでいる老人と砂橋それぞれに横から「落ち着いて!」「それ以上はやめんさい!」と抑える老婆と杏里がいた。むしろ、この二人を黙らせれば、事態は収まるのではないか。
「二人ともやめてください!」
倫太朗さんが砂橋と怒り狂う老人の間に割り込んで、二人を交互に睨みつける。老人は罰が悪そうに顔を逸らして舌打ちをして、砂橋は「僕、なんにもしてませんよ」というように目を逸らしていた。
「弾正さん、樹、炎を消してくれてありがとう……しかし、これは……」
倫太朗さんは手に持っていた懐中電灯を橋へと向ける。俺と樹は橋の前からどき、倫太朗さんは向こう岸にも残った橋の断片に懐中電灯の灯りを向ける。
この岸から、向こう岸までは十メートルといったあたりか。土手から水面までは急傾斜となっており、そこに落ちないように土手にはしっかりとした太い木の柵がある。
例え、西に行く手段がなくなった今でも川に入り、向こう岸に渡ろうとは思えない。
「樹、この川の深さはどのくらいだ?」
「どうだろう……膝あたりぐらいまであると思う」
「……なるほど」
川の流れは速かっただろう。
そうなると老人たちは当たり前だが、若い俺たちでも川を渡ろうとするのは危険だろう。それに向こう岸についたところで急斜面の土手をどう上るのか。
少なくとも向こう岸に誰かに待機してもらって、引き上げてもらう他ないだろう。
「……仕方ないですね。明日、警察を呼ぶ時に、麓の大工さんたちに橋の修理も任せよう」
倫太朗さんは橋の傍にかがんで見ていたが、やがてため息を吐いて、立ち上がった。
「いつ、直るんですか?」
「栖川村の東と西を繋いでいるのはこの橋のみだ。とりあえず、渡れるように一日で直してくれるだろう」
橋というものはそんなに早く復旧できるものなのか。
仮の橋として設置するのであれば、その速さでも問題ないのだろう。
「とりあえず、みんな家に戻ってくれ。眠った方がいい」
倫太朗さんは炎の灯りに気づいて集まった老人たち、そして、駆けつけた俺たち全員を見回して、またため息をついた。
確かに、栖川さんの家で長い話し合いをしてから数時間ほどしか経っていない。もう体の疲れは限界だろう。
老人たちも体の疲れを思い出したらしく、来た時とは違い、とても静かに帰っていった。
「お前たちは……もうとりあえず、大人しくしてくれ」
倫太朗さんは俺たち四人を見ると、もう一度、今度は今までで一番深いため息をついた。俺たち四人は何も言わず、神妙に頷くと誰も言葉を交わさないまま、栖川さんの家へと向かった。
家に帰ると、栖川さんがにこにことほほ笑みながら、玄関に座って、俺たちのことを出迎えていた。
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