第319話 栖川村祟り事件23
近隣住民に気取られぬようにスマホのライトは使用せず、神社への道を歩く。
「砂橋さんと弾正さんは死体を見ても平気そうでしたね。大丈夫だったんですか?」
小声で尋ねる樹の言葉に俺はどう答えていいのか分からなかった。ただ唯一言えるのは自分は砂橋とは違うということだけだ。
「俺は死体を直視していないし、樹と杏里は見なくていい。こいつが一人で見たいと騒いでいるだけだ」
「よかった。弾正さんは普通なんですね」
普通なんですね。
砂橋は聞こえているはずなのに、杏里の言葉には反応せずに一歩先をハイキングするみたいに軽い足取りで進んでいる。
「砂橋は探偵でな。殺人事件にも遭遇していて慣れてるんだ」
「え、探偵って殺人事件に遭遇するんですか?本当に?」
樹が疑問に思うのも無理はない。
現実の探偵が殺人事件に関わることはあまりないだろう。しかし、砂橋の場合はそれがありえてしまうし、殺人事件に対して嫌悪感などを抱いていない。
「でも、そんな探偵さんがどうして今回栖川さんの家のお手伝いを?」
「依頼自体は栖川さん家の長男の芳郎さんに頼まれたんだ。亡くなった檀次郎さんの手紙を整理していたら砂橋の所属している探偵事務所の連絡先が見つかって……」
俺が砂橋から聞いているのはその程度だ。それ以上のことは聞いていない。
「亡くなった栖川檀次郎さんは昔とある依頼を探偵事務所セレストにしてて、その内容自体は守秘義務があるから話せないけど、その時にうちの探偵事務所の所長と知り合ったみたいだよ」
砂橋が振り返らずに俺の言葉を補足する。
「栖川檀次郎さんは、前に僕らが依頼で関わった西園寺ホテルグループの会長、西園寺紫吹さんの恩師らしいよ」
俺はその名前に思わず顔をしかめる。
西園寺ホテルグループの人間が関わった依頼と言えば、俺は半日、どこかも分からない場所に誘拐して閉じ込められた依頼ではなかったか。
思い出すだけで頭が痛くなる事件だ。
俺とは対照的に砂橋がくすくすと笑い声を漏らす。
「それにしても、あの事件、面白かったなぁ……。まさか、弾正が誘拐……ちょっと待って。なにあの灯り」
砂橋が緊張した声をあげて、その場に立ち止まった。その角を曲がれば、あとは橋に向かって一直線に道が伸びているだけだ。しかし、その角から灯りが漏れている。
地面に転がっている石の影がゆらゆらと揺れる。
これは電気の灯りなどではない。
炎による灯りだ。
思わず、一歩前に出て、曲がり角から顔を覗かせると杏里が「あ!」と声をあげた。
一直線。視線の先で、大きく火が燃えあがっていた。大きな炎が一つ。その炎の中心には橋があった。
「まずいまずい!」
慌てて、走り出す樹の後ろを俺は慌てて追う。
「消火器は!」
「元々お焚き上げのためにいつも三本は用意してる!だから、神社の中にあるんだ!」
お焚き上げの時に一本使って、残りは二本か。
俺は樹を追いかけて、神社の裏に周り、お焚き上げの前を通り過ぎた小屋の中へと入った。消火器を一本手渡される。
橋の火は大きく燃え上がっていて、辺りは煌々と照らされている。
「ねぇ!この井戸は使えないの?」
砂橋が大きな声を出して、お焚き上げの近くにある蓋をされた古井戸を指さして、樹に尋ねる。
「その井戸はもう十年以上使っていないんだ!もう滑車が馬鹿になってる!」
俺と樹は橋の前まで走り、消火器の先を橋に向けた。
カーテンを閉め切っていたとしても、ここまで明るいと外で異常が起きているのは家の中にいる村人でも分かる。
向こう岸からも西に帰っていた村人の人影が何人か見える。こちらと同じように消火器を持っているのだろうか。
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