第318話 栖川村祟り事件22
結局、栖川さんの家には他の老人たちが来ることはなく、杏里と樹が泊まることになって、俺はほっと胸を撫で下ろした。樹と杏里は神社の礼装を着たままだったため、二人とも一度、家に帰り、着替えを持って帰ってきた。
「それにしても、大騒ぎだったねぇ」
和室に布団を敷くのを手伝いながら、砂橋が間の抜けた声を出す。
杏里も樹も少しだけ沈んでいるのにも関わらず、この声音だ。二人とも返事をする気力もないだろう。しかし、それでも、樹は砂橋の方を向いた。
「すみません、砂橋さんたちが来た時にこんな騒ぎが起こって……」
「樹のせいじゃないだろう。それに俺たちはこんな騒ぎにはよく遭遇してるから慣れてる。謝らなくてもいい」
俺の言葉に樹は「それなら、よかったです」とだけ言って、俯いた。杏里の方は「慣れてる……?」と首を傾げていたから、彼女の方は神経が図太いのかもしれない。
「ねぇ、肝試しやろうよ」
俺は砂橋の頭を引っぱたいてやろうと思った。
「肝試し……?」
困惑しながらも杏里が砂橋の言葉を鸚鵡返しにする。
「うん、肝試し」
砂橋はどうやら自身の発した言葉を取り消すつもりはないようで、力強く頷いた。
「砂橋さん、さすがにそれは……」
樹が苦言を呈そうとしたが、砂橋はそれを無視して、和室の襖を開けると玄関へと向かった。砂橋の行動が気になった杏里と樹は、開いた襖から砂橋の背を見つめた。
「砂橋さん?」
「スマホの電波が届いてないのは、この村では普通なんだよね?」
「あ、はい……西の道路の方をちょっと行かないと電波を拾わないぐらいなので……」
「じゃあ、東じゃ、スマホだと電話できないのは当たり前か」
砂橋は黒電話を両手で抱えるとそのままこちらに持ってこようとする。そのままだとケーブルを引っ張ることになるからやめるように言おうとした。
しかし、黒電話の先のケーブルは長さ十センチほどのところから先がなくなっていた。
「え……?」
「この黒電話の線が切られていたから電話できなかっただけで、他の家の固定電話は大丈夫だと思うよ」
俺は目を見張った。
そういえば、砂橋は和室にまだ村人たちがいる時、黒電話がのせられている靴箱の裏側を覗いていた。あの時には電話線が切られていることを知っていたのだろう。
ならば、何故、村人たちがいる中でそれを言わなかったのか。
俺の睨みつけるような視線に、考えていることが分かったのか、砂橋は肩を竦めた。
「どうせ、言ったところで僕たちよそ者の言うことなんて信じないでしょ。祟りだとか言い出す人達だよ?」
「それもそうだが……」
栖川さんはもうすでに自身の部屋で寝ている。
村人たちの話し合いが終わったのが二十三時半ごろで、今はもう零時を回っている。キッチンの片付けや布団の準備などは自分たちで行うから栖川さんには寝てほしいと説得したのだ。
「確かに砂橋さんと弾正さんの言葉だと信じない人がいるかもしれないな……」
樹が顎に手を当てる。
むしろ、彼は村人たちの性格が分かっているだろう。先ほどまで、犯人じゃないかと自分もいる場で囁かれていたのだから。
「先に聞いておきたいんだけど、杏里さんと樹さんの仕業じゃないんだよね、あの焼死体」
「当たり前です!」
「私も、やってないわ」
間髪入れず二人は答え、砂橋もその答えを予想していたらしく「それなら」と言葉を続ける。
「死体を見に行こう」
「え?」
「ほら、犯人って現場に戻ってくるでしょう?」
ここには、よそ者の砂橋と俺、そして、村人に犯人だと疑われていた樹達もいる。
尾川哲郎が杏里にちょっかいをかけていたから邪魔だったのでは、という村人たちが推測していた動機は、杏里にも樹にも当てはまる。
つまり、俺たちは今、村人たちからの疑いを向けられている人間の集まりというわけだ。
そんな人間四人が、家から出るなと言われているにも関わらず、家から出るなど正気の沙汰ではない。
「どうする?僕、一人でも行くけど」
俺は悩んだ。
砂橋がしたがっていることを、俺は止めなければならない。かといって、俺が止められるのかは怪しい。
そして、杏里にも樹にも砂橋を止めることは不可能だろう。
布団で簀巻きにしてやらねば、砂橋は止められない。
かといって、俺と砂橋だけで死体に近づいて、それを他の村人に発見されたり、杏里と樹が他の村人にそれを話したら、俺たち二人に疑いの眼差しが向けられるのは間違いない。
「一緒に行こうか……?」
樹が観念したようにそう口にした。
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