第317話 栖川村祟り事件21
「まぁ、今回に限っては僕たちのわけないんだけどね」
砂橋は浅漬けのきゅうりを箸で掴むと口の中に運んでいった。
「そういえば、聞きたかったんだが、死体はどうだったんだ?」
「どうだったって?」
「気になるところとかはなかったのか?」
俺の曖昧な質問に砂橋は首を傾げた。
「特に気になるところはなかったよ。普通の焼死体。でも、燃える前に死んでたんじゃないかな?」
「燃える前に?確かに悲鳴もあがっていなかったしな」
もし、人間が生きたまま燃やされていたとしたら悲鳴があがるはずだ。それに、痛みや熱さから逃げるためにお焚き上げの焚き火台を崩してでも逃げ出していただろう。
しかし、俺と砂橋が木の札を投げ込むまで焚き火台に変化はなかった。俺たちが投げた時は、だいぶ焚き火台として組まれていた丸太も燃えていたし、崩れても仕方なかったのだろう。
「それに、死体に拘束されたような跡はなかったしね。きっと死んだあとに焚火台の中にいれられたんだ。もしくは、拘束していたものが焼かれてしまって、なくなったか」
砂橋はきゅうりの浅漬けをもう一口食べた。
「今回に限っては俺たちのわけがないというのは?」
「弾正も見たでしょ?焚き火台」
俺はこの村についた時、杏里の説明により見た炎のついていない焚き火台を思い出す。もうすでに組まれていて、あとは火をつけるのを待つだけだったのだろう。
「もしかして、あの時には死体が?」
「そうだと思うよ。僕たちがついた昼にはもうすでに焚き火台は出来上がっていて、その後、火がつけられる二十一時までに死体をあの中に隠すなんてことできない」
焚き火台は川の向こう側からでも見えるような見晴らしのいい場所にある。しかも昼間や夕方など、人が出歩いていてもおかしくない時間帯に死体を隠すなんて普通はしないだろう。
「だから、昼の時点でやってきた俺たちに犯行は無理か」
「そういうこと」
「祟りだ!」
俺と砂橋が会話をしているとそれを掻き消すほどの大きさの怒鳴り声が和室から響いてきた。
砂橋と目配せをして、廊下に行き、少しだけ顔を和室の方に覗かせる。和室の中では高齢の男性が二、三人を中心にして、騒いでいるという感じだった。
祟りとはどういうことだと思う、と砂橋を見るが、砂橋もよく分かっていないようで肩を竦めていた。
「檀次郎さんを鬼に渡さなかったからこんなことになったんだ!」
「そんなの関係ないでしょう!ウメさんもいるのにやめなさいよ!」
「だったら、どうしてお焚き上げで死人が出た上に電話が通じないんだ!」
砂橋は顔を引っ込めて、玄関の靴箱の上にある黒電話へと近づいていった。受話器をとって、それを耳にあてているが、どこかにかける様子はない。
「鬼の祟りに決まってる!村で死体がでたのに、渡さなかったから」
「いつまでそんなことを信じてるの、これだから男衆は!」
老齢の女性と男性の言い合いに栖川さんは参加していなかった。どうやら、杏里と一緒に飲み物を配り終えて、キッチンへと退散していったみたいだ。
ここに栖川さんがいなくてよかったと俺は胸を撫で下ろした。
「祟りなんて馬鹿みたい」
砂橋は馬鹿にするように鼻を鳴らした。廊下にいて、和室は言い合いがヒートアップしていたためか、こちらの声は聞こえていないらしかった。いや、聞こえていなくて本当によかった。
砂橋は靴箱の裏の隙間へと上から手を入れた。
「ああ、やっぱり」
何かに気づいたような声をあげる砂橋に、俺は近づこうとしたが、和室の言い合いを遮るように誰かが手を叩いて、声以上に大きな音を出した。
「それでは、日が昇ったら、西の井川さんと桐山さんに麓に行ってもらいましょう。今夜は、それそれ二家族、三家族で一つの家に集まって過ごす。それなら皆さん、安心でしょう。家から出ないようにしてください」
どうやら、手を叩いたのは倫太朗さんのようだった。
祟りだと一部の老人は言っていたが、さすがに人一人が死んでいて、祟りも何もない。
しかも焚き火台の中に死体が入っていたのだ。
殺人事件なのは確定だろう。
殺人事件の犯人がどこにいるのかも分からないから、数人に一緒にいて見張らせておくつもりなのだろう。
そうなると栖川さんの家に俺と砂橋だけではなく、他の人間も一緒に泊まることになる。
もし、俺と砂橋があの和室で騒いでいる村人たちと一緒の屋根の下で一晩過ごすことになるのなら、一波乱だけでは済まない。
「では、皆さん、隣家の二、三家族で集まって今夜は過ごしてください。では、もう解散で」
俺は砂橋の手を引っ張って、キッチンへと逃げた。
老人たちがぶつくさと文句や不安を口にしながらぞろぞろと玄関に向かっていく。
「僕らは誰と泊まるんだろうねぇ」
「誰と一緒に泊まるとしても問題は起こすなよ」
「起こさないよ。僕のことなんだと思ってるの」
思わず、俺は信じられないものを見る目を砂橋に向けると、砂橋は口を尖らせた。
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