第314話 栖川村祟り事件18


「誰がいない?」

「尾川のところの息子じゃねぇか?」

「尾川さんたちは家を空けてるから、息子も一緒についていったんじゃ?」

「いやいや、部屋に引きこもってるんじゃねぇか?」


 栖川家の玄関には大量の靴が並んでいた。村人全員の靴が収まるほどの大きさの玄関。自分の周囲の知り合いの家にはこんな広さの玄関はない。


 栖川家の和室には多くの人がひしめき合い、さまざまな会話が飛び交っている。


 まるで、先生が来る前の小学校の教室だ。


 後からやってきた俺と砂橋、杏里と樹は和室の端っこに座っていた。


「尾川の息子だとしたら、尾川さん夫婦には悪いけど……」

「いやぁ、尾川さんたちもだいぶ手を焼いてたし」

「でも、そうなると誰が?尾川さんたちはいないのに」


 ふと、俺の隣で正座をしていた樹が膝の上で握った手を震わせていることに気づいた。


「樹……?」

「あ、弾正さん、どうかされましたか?」

「いや……大丈夫か?死体を間近で見てしまっただろう」


 死体を見たのだ。気分が悪くなるのも当然だろう。


 しかし、帰って休めとも言える状況ではない。この場で一人になってしまえば、犯人だと囃し立てられるに違いないのだ。


「尾川の息子っていつも杏里ちゃんにちょっかいを出していたわよね」

「そうそう。結婚するのは自分だ~って言ってたわねぇ」

「仕事をしてから言いなさいと思っていたけど」


 尾川の息子というのは、栖川さんが言っていた尾川哲郎のことだろう。しかし、もしかしたら尾川哲郎が死んだかもしれないというのに、村人はそれを悼むこともしていない。


 それほどまでに尾川哲郎は、村人たちに嫌われていたのか。


「いつもいつも杏里ちゃんと樹くんを困らせて……」

「確かに、あそこまでいつも言われてたらねぇ……」


 俺はやっと樹が拳を震わせている理由が分かった。


 村人たちは勝手な憶測で樹が尾川哲郎を殺したのではと話しているのだ。


「樹……」

「大丈夫です。それに……誰が亡くなったのかはまだ決まってませんし」


 心配になって声をかけるが、樹はぎこちない笑みを作った。そのような笑みはかえって不安を煽るだけだ。俺の隣で座っている砂橋は樹の方も見ずに、ぼーっと和室の鴨井を見上げていた。


 砂橋に死体のことについて聞きたいのだが、人口密度の高いこの和室で聞いてしまえば、周りの村人たちの耳にもしっかりと死体の話が入ってしまうだろう。

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