第312話 栖川村祟り事件16
「大丈夫ですか!」
そんな俺たちの傍に、樹と同じように神社の礼装をまとった男性が近づいてきた。たぶん、この人が樹の父親だろう。
「数年に一度はあるんです。ちゃんと崩れないようにしているんですが……」
「怪我はしなかったんだが……」
俺は砂橋のように歯に衣着せぬ言い方はできない。死体があるということをどう言おうか迷っていると砂橋がスマホのライトで照らした先を指さしながら、答えた。
「お焚き上げの中から人の死体が出てきたんだよ」
「死体だって?」
思いのほか大きな男性の声は他の村人の耳にも聞こえていたらしく、ひそひそと話し始めているのが、耳に届く。
男性は砂橋の隣に立つとすぐに自分の口元を覆った。俺も直接見てしまったら、吐いてしまうだろう。もうすでに砂橋に「人の燃える匂い」と言われ、自身で嗅いでしまった匂いを思い出しては不快感に襲われているのだ。
男性は数秒の後、落ち着くと樹に近づいて、彼の腕を掴んで立たせた。
「樹!大丈夫か?」
「吐きそう……」
「吐いてこい、吐いたら、すぐに西に行って、暁之佑にこのことを伝えて、栖川さんに家に集まるように言ってくれ」
「で、でも……」
「いいから!」
「わ、分かった」
樹はよたよたと神社へと向かった。きっとどこかで吐いてくるのだろう。
「栖川さん、いいですね」
いつの間にか、俺の隣にいた栖川さんに男性が同意を求める。
「ええ、いいですよ」
そういえば、栖川さんの家は襖を開けてしまえば、何十人と人が正座して並べるほど広かった。だから、村人たちの集会場になっているのかもしれない。
昔から栖川さんの家はこうやって村人たちをまとめる場所を提供していたのだろうか。
「お二方もすみませんが、栖川さんの家に……」
俺の方を見て、言葉を言いかけた男性が崩れた焚き火台の方から聞こえたパシャリというシャッター音に弾かれたように振り返った。
俺は思わず、両手で顔を覆う。
「君、なにしてるんだ……?」
男性は怒るでもなく、困惑した声音で砂橋に問いかけた。
「現場の写真を撮ってるんだよ」
砂橋にとっては当たり前のことでも常識的なことからは大いに外れていることを自覚してほしい。いや、自覚していて気にしていないのだろう、こいつは。
「す、栖川さん……」
助けを求めるような男性の声と視線に栖川さんは首を横に振った。
「倫太朗くん、実はこの人達は探偵事務所の人なのよ」
「た、探偵?」
男性は訝し気な視線を砂橋に向けた。そして、栖川さんは砂橋へと問いかける。
「砂橋さん、写真数枚でいいのかしら?」
「はい。写真数枚で」
「撮り終わったら弾正さんと一緒に家に帰ってきなさいね」
「分かりました」
栖川さんの動じなさに思わず俺が驚いてしまっている。栖川さんが呆然として動けずにいる村人たちに「栖川家に行きましょう」と呼びかけると、村人たちはいそいそと栖川家へと歩いていった。
「弾正さん、砂橋さんをよろしくお願いしますね」
「もちろんです」
砂橋のお守りならいつもやっていることだ。
俺は月明りの下、鳴り響くスマホのシャッター音にまたため息をついた。どうやら、倫太朗と呼ばれた男性は俺たちのことを見張っているつもりなのか。俺の隣から動かない。
俺と砂橋に向けられた視線がとても痛かった。
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