第310話 栖川村祟り事件14
お焚き上げは神社の裏側の開けた場所だった。
俺たちが到着した東の神社の建物は、川に背を向けるようにして建っている。
西の神社も川を背にして建っているから、二つの神社は背を向け合っているようだった。その建物の裏手、神社の建物と川の間の土手にお焚き上げの焚き火台が設置されている。
何を言っているのか、理解はできない祝詞も終わり、村人から少しだけ離れて、燃え上がる火と静かな村人たちの様子を見ていると砂橋が口を開く。
「栖川さんが言っていたように、花火を付け始める人、いないね」
「哲郎という男だったか」
「哲郎くんなら、姿が見えなかったわねぇ。しきたりのことを馬鹿にしていたこともあるから、今回は参加しないのかもしれないわ」
わざわざ参加している催し事を台無しにされるのも嫌だから、そのような危険人物は家にずっと籠っていてくれと思う。なんなら、俺たちが依頼を終えて帰るまでは自分の部屋に籠って静かにしていてくれ。
「順番は、最後の方でもいいんですか?」
俺たちが神社に来た時には、すでに東側の村人はほとんど神社の裏庭に集まっていた。来ていないのは、哲郎のように参加しない村人と、栖川さんの息子たちのように今この村にいない人間達だけだろう。
俺たちよりも先に来ていた村人たちにより、軽く列が作られており、俺たちの順番は最後の方になりそうだ。
「ええ、いいわよ」
「最後の人が札やお守りを投げ入れたら?」
「あとは、ぼーっと眺めているだけよ。お祈りとかをしたら、みんなそれぞれ帰っていくわ」
「なるほどね」
砂橋の考えていそうなことは分かる。
本当に札やお守りを燃やすだけの行事なのかと思っているのだろう。周りを見てみたが、新しい木の札やお守りなどの販売場所もない。正月のように甘酒を配る場所もない。
本当にお焚き上げをするだけの行事みたいだ。
それだけでも参加できるのは少しだけ嬉しい気持ちがある。このような村に来ることは滅多にない。自然に囲まれて独自の風習がある人の出入りに関しては交通の便もあり、閉鎖的な村。
このような場所を新しい小説で出すのはどうだろうか。まだ具体的に何を書くかは決まらないが、いいかもしれない。
「札を投げ入れた後にみんな、拝むんだね」
砂橋の言う通り、札を炎の中に投げ入れた人達は、炎に向かって手を合わせて、目を瞑っている。
その時間が長い者もいれば、短い者もいた。
「栖川さん、あれは願い事でも頼んでいるんですか?」
「あれは、半年、ありがとうって燃やしたものにお礼をしているのよ。私の場合は、家内安全を願ったから、半年、家を守ってくれてありがとうって感謝をするわ」
家内安全。
もし、俺がこの札をもらって半年願いを込めるのなら、何を願っていただろうか。
小説が売れますようにと商売繁盛を願うか、健康第一だと考え病気平癒を願うか、いや、病気は患っていないから病気平癒はまた違うか。
車をよく運転するから交通安全か。縁結びはいらないだろう。
「弾正は厄除けでしょ」
砂橋は呆れたように肩を竦めていた。
俺が手元の木の札をじっと睨みつけていたから、俺の考えが手に取るように分かったのだろう。
「待て、それならお前の方が必要だろう」
俺の言葉に砂橋は、きょとんと目を丸くした。まるで、俺の言葉を予想していなかったようだ。その様子に俺の方が毒気を抜かれる。
砂橋は特に変な事件に巻き込まれる。砂橋は厄除けやお守りなど、そのような類のものに頼ることはないだろうが、砂橋に一つだけお守りを渡すのなら厄除けのお守りだろう。
砂橋もそう思っていると確信していたのだが。
「なんだ、その顔は」
「いや、まぁ、いいよ。僕も弾正も厄除けで」
砂橋は答えをはぐらかして、俺から目を逸らして、燃え盛る炎へと目を向けた。
釈然としない。
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