第307話 栖川村祟り事件11
「栖川さん、気になったことがあるんですけど」
僕は気になったことを口に出すことにした。栖川さんはそれを嫌がる素振りは一切ない。
「はい」
「杏里さんと樹さんって付き合ってるんですか?」
簡単に答えは返ってくると思っていたが、僕の予想に反して、栖川さんは困ったように眉尻をさげて、頬に手を置いた。
「好き同士だとは思うんだけどねぇ……」
仲もいいし、この村ではあのように若い人間の数も少ないだろう。それに二人は村を出て行くつもりがなかったから、当然付き合っていると思っていたのだが。
「東の神社の家系と西の神社の家系は、結婚できない決まりになっているのよ」
「はい?」
恋という感情をお互いに抱いていないのかと思っていたら、またも予想斜め上の回答をもらい、僕は思わず困惑した。
縁側にあがってきて、先ほど樹さんがビニールシートの上に置いた漆塗りの箱の表面を拭いながら弾正が口をはさむ。
「昔からのしきたり、とかですか?」
「そうなのよ」
「ああ、それで好き同士だけど、家の決まりで結婚できないってことなのね。でも、今更そんな決まり気にしないでいいと思うけどなぁ……」
人の恋愛にあれこれ口を挟もうとは思わないけど、好きなのならくっつけばいいのにとは思う。
「そう簡単にはいかないんだろ。村で昔からそのように言われてるんだったらなおさら」
そういうものだろうか。
昔の人が決めたしきたりなど、今を生きる僕たちの助けにもならない。そんなものに従って自分の好きにできないなんて馬鹿らしい。
「でも、しきたりを誰も気にしなくなるきっかけがあれば、どうにかなるかもしれないわ」
栖川さんが弾正の横に湯飲みに入った冷たい緑茶を置く。弾正はお礼を言い、湯飲みの緑茶を半分飲んだ。
「きっかけって、結局、運ってことじゃん」
僕の言葉に栖川さんは「そうね」と笑いながら頷いた。
「でも、確かに私たちの世代が強く言い聞かせすぎたかもしれないわね。杏里ちゃんのお父さんも小さい頃は樹くんのお母さんが好きだったのよ」
修羅場だ。
栖川さんの話を聞いて、僕はすぐにそう思った。弾正も同じようなことを思ったようで、一瞬だけ眉間に皺を寄せていた。
「杏里ちゃんのお父さんの暁之あきの佑すけくんは、樹くんのお母さんの紗代さよちゃんが好きだったのよ。でも、それをお父さんに伝えて諦めろと諭されて、最終的に違う女性とのお見合いをさせられたのよ」
本人たちの気持ちは関係なしにしきたりによって、好きでもない人間と結婚だなんて嫌だろう。本人もお見合いとして連れられた人も。誰もいい思いをしないと思う。
「それじゃあ、杏里ちゃんのお父さんにとって、樹くんのお父さんは自分の好きな人をとった人ってこと?」
「そうね。そうなるけど、きっと恨んでるわけではないと思うわ。暁之佑くんもお見合いをする時にはきっぱりと割り切っていたし……」
本当に割り切っているのかは本人にしか分からないだろうが、他人に割り切ったと思われているのであれば、平和だろう。
「ちなみに樹さんのお父さんはそのことは?」
「知ってると思うわ。紗代ちゃんはそのことを言ってないと思うけど、ほら、村にいれば、だいたいのことは噂として耳に入ってくるから」
田舎に住んでなくてよかった。
秘密にしたくないことでもバレてしまうのは、僕は耐えられないだろう。
「でも、もう恋の邪魔はしたくないわ……」
「栖川さんがもうしきたりは気にしなくてもいいと村人に言ったら、聞いてくれると思いますが……」
弾正の言葉に栖川さんは目を丸くしたが、やがて「そうねぇ」と頷いた。
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