第291話 緋色の部屋21


 一度、インターホンを鳴らしても反応がなかったから、もう一度、インターホンを押す。扉の向こうから微かに音が聞こえるから、インターホンが壊れているわけではないだろう。


「砂橋くん、いると思うかい?」

「いると思うよ」


 三回目を押そうかと迷っていると、扉の向こうからどたどたと足音が聞こえ、少しして、扉が開いた。


「こんにちは、佐川英雄さん」

「……あんたら、誰?」


 くたびれたパーカーを着て、髭を数週間剃り忘れて、半端に伸ばしている男が顔を覗かせた。


「僕ら、ちょっと聞きたいことがあって」


 砂橋くんがにこにことしながら扉に近づく。


「木村結人さんが死んだ件について」


 顔を覗かせた男がドアノブを引いて、隠れようとしたのを、扉に近づいていた砂橋くんがスニーカーの先を扉に差し入れて阻止する。


「高瀬さんに関係することなので、話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

「帆奈美に……?」


 男は顔に動揺を浮かべて、砂橋くんの顔をまじまじと見た。幼馴染の名前を出されたら、話を聞く気にもなるだろう。どうやら、高瀬さんと佐川さんと木村さんは、長い付き合いらしい。


 それならば、協力を最初から徹底的に拒むということはしないだろう。


「……帆奈美に関係があることなら」


 帆奈美と名前で呼び、彼女に関係のあることならばと扉を開ける彼に違和感を覚える。


 どうして、このように高瀬さんのことを気にかけている佐川さんが彼女の連絡を無視するだろうか?


「先生、入ろう」


 砂橋くんに促されて、僕も佐川英雄の家の中に入ることにした。


「木村結人さんが亡くなったことは知っていますね?」

「……ああ、一応、幼馴染だしな」


 佐川英雄さんは僕たちを家の中に招き入れると部屋の真ん中にあるテーブルの前に座った。ベッドとテーブルや冷蔵庫などが全部詰め込まれたような部屋の床には座らずに、砂橋くんはテーブルの上のノートパソコンを見た。


「火事があったのは十七日の午前一時。その前日の十六日に佐川さんは木村結人さんと通話していましたね」


 砂橋くんは断定した。


 確かに、高瀬さんから教えてもらった通話相手の候補は三人だ。山内さん、緒川さん、そして、佐川さん。山内さんと緒川さんは昨日確認したが、通話相手ではない。


 だからといって、佐川さんが通話相手だと断定するのは早計ではないか。


「……なんでそう思うんだよ」


「木村結人のスマホの中に通話用のアプリがあってね。それには誰と何時間の通話をしたのか履歴が出るんだよ」


 砂橋くんはポケットの中から青いカバーのスマホを取り出すと僕と佐川さんに見せびらかすみたいにそれを軽く振った。


「そして、十六日の夜、あなたと十二時近くまで通話をしていることが分かった。燃えているところを見たわけではないんですね」


「あいつが寝落ちたから、俺は早々に通話を抜けたぜ」


 亡くなった木村結人さんが通話中に寝てしまうのは今までの話でも何度も聞いた。


「あいつ、事故なんだろ?」


 砂橋くんは「んー、どうでしょうね」と答えた。


「あなたが通話をしていた時、木村結人さんはストーブをつけていましたか?」

「つけてたんじゃね?」

「十六日の夜は熱帯夜とも言える気温だったのに?」

「どうせ、エアコンとかをつけていたんだろ」

「僕らが木村結人さんの家の中に入った時、エアコンはついてなかったですよ」


 エアコンの電源が入っていなかったのは、その間に家に入った誰かが消した可能性があるからだ。大家や警察や消防隊の人間。誰にだって、エアコンの電源を切ることは可能だ。


 砂橋くんだって、そのことは分かっているだろう。


「……何が言いたいんだ?」


 砂橋くんはにこりと笑った。


「僕はあなたが木村結人を殺したと思っています」


 思わずと言ったように佐川英雄くんがテーブルに拳を叩きつけた。無理もないだろう。いきなり家にやってきた見知らぬ人が「あなたは幼馴染を殺した犯人だろう」と言ってきたのだ。


 憤らない人間などいない。

 それが例え、犯人でさえも。


「何を根拠にそんなことを言うんだ!」


 砂橋くんは「んー」と顎に手を当てて、考えるふりをするとにこりと笑った。


「探偵としての勘ですね」

「ふざけるなよ!」

「ああ、それとこれですね」


 砂橋くんは鞄に手を突っ込むとその中から車の中で先ほどまで読んでいた木村結人の日記を取り出した。


「僕は、あなたが木村結人を殺したいと思う動機を知っている」

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