第286話 緋色の部屋16
俺は手持無沙汰になり、給湯室へと向かった。
エアコンの冷たい風が先ほどから直撃しているせいで鳥肌がたっている。温かい飲み物でも飲んだ方がいいだろう。給湯室に常備してあるのはティーパックがいくつかとお茶とココアだ。久しぶりにココアでも淹れよう。
「じゃあ、先に山内さんと連絡を取ろうか。ビデオ通話にしてくれるかどうかは分からないけど」
事務所の方から軽快な通話の呼び出し音が聞こえる。しばらくして「はい」と機械を通された女性の声が聞こえた。
「こんにちは、山内さん。僕は今回高瀬帆奈美さんに依頼をされた探偵の砂橋と言います」
『はい、えっと……帆奈美から話は聞いてます。木村くんの事故に関して調べてるんですよね……?本当は事故じゃなかったとか?』
「いえ、調査を進めていくにつれ、事故の可能性が強くなっています。しかし、事故の際の状況についてもっと詳しく知りたいという高瀬さんの意向により、親しい仲でもある人に話を聞くことになりました」
ポットのお湯が沸くのを待っている間、ちらりと給湯室の入口から顔を覗かせると、ノートパソコンの画面いっぱいに映っている女性がほっと胸を撫で下ろしているところだった。
『私が犯人とか、疑われてるわけじゃないんですね……?』
「ええ、そうですよ。それとも自分が犯人だという心当たりでもあるんですか?」
画面に映る女性がぶんぶんと首を横に振る。
『それはないです!でも、探偵に話を聞かれることなんて滅多にないので……』
「それはそうですね。では、早速お聞きしたいことがあるんですが、火事が起こった日が十七日の午前だったのですが、その前日の夜に木村結人さんと通話などはしましたか?」
砂橋は手をノートパソコンへと向けた。
「例えば、こんな風にビデオ通話とかは……」
『してませんよ~。仕事の時とか周りに人がいるなら喋ったりしますけど、私、一対一で男性と喋るなんてほとんどしませんから』
山内は肩を竦めた。
『そもそも、木村くんは帆奈美以外の女性の人と一対一で通話するような人じゃなかったですよ?大人数でリモート飲み会するならともかく』
「そうなんですか?」
『そうそう。知ってます?木村くんと帆奈美って結構長い付き合いらしいんですよ』
それもそうだ。小学校、中学校、高校、大学、そして、大学卒業後の会社でさえも一緒だった。付き合いが長いという一言で表すことができる関係ではない。
『だから、私なんかが帆奈美を差し置いて、一対一で木村くんと通話なんてできませんよ。もし、木村くんから通話に誘われても困りますもん。私、帆奈美と仲がいいから、次の日とかちょっと気まずくなると思うし……』
「確かにそうですね。それでは、大人数でリモート飲み会を木村さんと一緒にしたことはありますか?」
砂橋は質問を変えた。
山内は今日は休日だったらしく、ゆったりとした白いTシャツを着ている。砂橋もラフな格好をしているため、話しやすかったのだろう。
画面には今砂橋しか映っていない。
笹川は自分の席に戻り、湯浅先生は砂橋の向かいのソファーに座ってカバーのついた文庫本を読んでいる。何を読んでいるのか非常に気になる。
『大勢でリモート飲み会ならありますよ!』
「それって何時くらいに行いました?」
『そうですね……夕飯の後ぐらいにしようよー、って話していたから、午後九時ぐらいに開始でしたね』
山内は人差し指をたてて、自分の唇をとんとんと叩きながら虚空を見上げた。
『あ、でも、その時、二時間後くらいに木村くんが寝ちゃったんですよね~。お酒飲むと眠くなるらしくって』
「木村さんが通話の途中で寝るのってよくあるんですか?」
『通話だけじゃないですよ?飲み会でもたまに途中でうとうとしてる時がありますから』
画面の向こうで山内が肩を竦める。
『そういう時は帆奈美が大変だから、緒川くんと一緒に木村くんのことを運んであげてたんですけどね。外で飲み会する時はお酒飲むなよって何度も思いましたもん』
「それは大変でしたね」
『えっと、あの……好きに喋っちゃいましたけど、こんな話でよかったんですか?』
自分が喋りすぎたと自覚した山内が画面の向こうで目を泳がせて砂橋に尋ねた。砂橋は「大丈夫ですよ」と答える。ポットのお湯が俺の後ろで湧いたことを知らせるために音を鳴らした。
「火事の前日に通話をしていないということが聞ければ満足だったので、この後、話に出てきた緒川さんにも同じような質問をしようと思っています」
『あ、そうなんですか。よかったぁ~。それじゃあ、これで終わりで大丈夫ですか?犬の散歩しなくちゃいけなくて……』
「大丈夫ですよ。では、失礼しますね」
どうやら、通話は終わったらしい。
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