第283話 緋色の部屋13


「あの日、午前中に会ってたんです。その時に、結人がスマホを忘れていって……どうせ明日にも会う約束はしていたから、その時に返せばいいやって思ってたんです……」


 木村結人がスマホを忘れて、高瀬が持っていたからこのスマホは火事に巻き込まれることはなかったのだろう。


 給湯室から出てきた笹川が、依頼人の高瀬、砂橋、湯浅先生、そして、俺の順番でそれぞれの前に湯飲みに入ったお茶を置いていく。いつも俺が最後なのはもう気にしないことにした。


 警戒するべきだと笹川が判断した湯浅先生よりも後だったことは気にしない。俺はそんなことを気にするほど小さな人間ではない。


「預からせてもらっても?」


「調査のためなら、なんでもしていいです」


「分かりました。それと、木村結人さんがリモート飲み会をしていたとして、通話をしたであろう相手の候補を知りたいんですが」


 高瀬は考えるようにして、眉間に皺を寄せた。


「候補……すみません、私の知り合いぐらいしか分かりません。結人だけの知り合いと通話をしていたら、私には全く分からないんですけど」


「それでもいいです」


 砂橋の言葉に高瀬は、少しずつ思い出すようにして、言葉を続けた。


「まずは、私と結人の幼馴染の佐川さがわ英雄ひでおです。私も結人もいまだに英雄とは連絡をとっているので、リモート飲み会をしていてもおかしくないです」


 その佐川英雄という男が、高瀬と木村結人の幼馴染であり、一人だけ高瀬と同じ大学に行けなかった人物だろう。


「あとは、会社の山内やまうちさんと緒川おがわさんかな。私と部署は違うけど、その人達とよく話しているのは見かけていたので」


「部署は違うけど、ってことは、あなたは木村結人さんと同じ会社に勤めていたんですか?」


 思わず、口を出してしまった。高瀬は目を丸くしながら頷いた。本人からすれば当たり前すぎて、俺たちに話していないことも気づいていなかったようだ。


 まさか、大学までではなく、職場まで一緒だったとは思わなかった。


「じゃあ、その山内さんと緒川さん、幼馴染の英雄さんの連絡先を教えてもらってもいいですか?一応、その三人には高瀬さんから僕たちに連絡先を教えたということと、調査に協力してほしいという話をしてほしいです」


「分かりました。三人には連絡をいれておきます」


「連絡をして僕たちが話をしてもオッケーなら、その旨を湯浅先生に連絡してください」


 もうすでに連絡先を交換している湯浅先生を指定したのは、わざわざ連絡先を新しく交換するのも面倒だと思ったのだろう。湯浅先生は「え?僕かい?」と困惑していたが、誰もが湯浅先生の驚きを無視した。


「あ、できれば、調査の間は僕たちなしで木村結人さんの家には誰も入らないようにしてください。家の鍵を持っているのは高瀬さんと木村結人さんの両親だけですよね?」


「はい。私と結人のお父さんとお母さんだけです。入らないように伝えておきます」


「よろしくお願いしますね」


 話も終わり、高瀬が何度も頭を下げて、帰って、その背中が自動ドアの向こうから消えると、砂橋は嬉しそうに声を弾ませた。


「出前、何食べようかなぁ~」


 もうすでに時刻は十二時を過ぎている。ちょうどお腹がすいたのだろう。


「そうだなぁ、僕はお寿司まではいかなくても魚を食べようかな」


「うなぎ食べたい。笹川くーん」


「こちら、チラシです」


 出前の話が出た時から笹川が自分のデスクの上に用意していた出前をやっている店のチラシを砂橋に渡す。そこには、ひつまぶしのメニューがいくつも載っていた。結局、全員並みの大きさのひつまぶしを頼むこととなり、注文は笹川が電話することになった。

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