第282話 緋色の部屋12


 湯浅先生はいつの間にか高瀬と連絡先を交換して、木村結人の写真を眺めていた。

 その写真の中には今日訪れた木村結人の部屋の写真もある。


「出前とってくれるだなんて嬉しいね。実は朝から何も食べていないんだよ」


 高瀬と共に探偵事務所セレストへと向かうと、笹川は湯浅先生を見て固まっていた。まさか、警戒しなければいけない人物を引き連れて探偵事務所へ帰ってくるとは思っていなかったのだろう。


 早速、湯浅先生に挨拶をされて、さらに握手を求められて困惑しながらも笹川は握手を返していたが。


「高瀬さんも食べますか?」

「いえ、私は、大丈夫です」


 少し青い顔をしながら彼女は首を横に振った。それもそうだ。彼女は今、恋人が死んだ現場を見た後だ。俺たちのように現場を見た後に飯を食おうと思うような人間とは違う。


 いや、俺は死体を見た後に飯が食えるような人間ではない。


 今回の現場は、もう死体はなかった。


 だから、俺は現場を見ても普通に腹がすくのだろう。しかし、恋人をあの部屋で亡くしている高瀬は違う。きっと恋人があの部屋の、あの黒焦げになった床の上で死ぬのが想像できてしまったのだろう。


 俺はまた木村結人の顔もよく知らないため、想像できていない。もし、俺も木村結人の写真を見てしまったら、飯を食べる気にもならないのだろうか。


「それじゃあ、出前は高瀬さんとの話が終わった後に頼もっか」


 砂橋はそう提案しながら、高瀬を来客用のソファーに座るように促した。砂橋は高瀬の向かいのソファーに座り、高瀬の隣に湯浅先生が座った。


 俺は砂橋の隣に腰を下ろす。


「まず、湯浅先生から話を聞きたいな」


「あの現場の跡からして、電気ストーブが原因なのは間違いないと思う。他に引火するような場所もなかったし、ノートパソコンが原因だったら、机は全部黒焦げになっているはずだからね」


 湯浅先生が話し始めるのを少しの間聞いていた笹川が思い出したように給湯室へと姿を消した。


「じゃあ……やっぱり結人はストーブをつけっぱなしにして死んだんですか?」

「調査できることはまだあるよ」


 砂橋の言葉に俯いていた高瀬が顔を少しあげた。


「リモート飲み会をしていた可能性があるって言ったよね?その時に通話にいた人が分かれば、木村結人さんが亡くなった日のことが分かるかもしれない」


 砂橋は簡単に言っているが、彼が通話していたらしいノートパソコンは真っ黒焦げとなっている。今からノートパソコンを調べることはできないだろう。


「それを調べたとしても、結果は変わらないかもしれないですけど」

「お願いします……」


 たぶん、結果は変わらない。


 これはただの運の悪い事故だ。寝ている時に燃えてしまったという悲劇。それ以外に説明できることがあるとすれば、起こった火事の前後の様子だけだ。


 それでも調べてほしいと高瀬は頭を下げた。


「それじゃあ、高瀬さん。木村結人さんのスマホを持っていますよね?それを貸していただきたい」


 砂橋はにこりと微笑んだ。


 何故、木村結人のスマホを彼女が持っていると思ったのだろう。それは高瀬も同じことを思ったようだが、彼女はそのまま自分の膝の上にあった鞄に手を入れて、青色のカバーで覆われているスマホを取り出した。


「どうして、スマホを持っているのを……」


「湯浅先生にスマホを見せる時に、鞄の中を漁ってたでしょう?その時に、一回、何かを掴んだのに、また鞄の中を漁って自分のスマホを取り出してた。だから、スマホがもう一つあるんじゃないかなと思っただけですよ」


 砂橋の説明に彼女は「そうですか……」と言いながら、テーブルの上に青色のカバーで覆われたスマホを置いた。木村結人の持ち物らしいが、これは一切焦げていない。

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