第281話 緋色の部屋11


「リモート飲み会ってやつだと思います。ノートパソコンでそれをやった後に寝ちゃったのかなって……。結人は通話しながら寝落ちることもよくありましたし」


「なるほど……リモート飲み会ですか。初めて聞きましたね」


 リモート飲み会ぐらいなら俺も知っている。


 この前、同窓会の後に話ができなかったからと今も交流のある知り合いに誘われて行った。


 ビデオ通話をして、相手の顔や部屋などを見た状態で自分の家から出ずに飲み会を行うというものだった。居酒屋の飲み会ほど周りや時間を気にすることもなく、楽しめる飲み会だったが、やはり、家で用意できるおつまみや飯には限界があり、居酒屋の雰囲気と味が恋しくなった覚えがある。


 しかし、リモート飲み会で寝落ちとは。


 そうなると、もしかしたら、寝落ちした後も通話の相手が通話を切っていなければ、木村結人が燃えていく場面を見ていたということか。


 それなら、火が出た瞬間に通報できたはずだ。


 しかし、通報していないということは通話相手は木村結人が寝てしまって火がつくまでの間に通話を切っているということだろう。


 人が焼け死ぬのを見ていながらも通報しない人間がいるとは限らない。

 むしろ、そんな人間がいると信じたくない。


 俺は冷蔵庫の上のポケットにある麦茶らしきものが入っている入れ物を手に取った。上のポケットには牛乳らしきものとワインのボトルが入っていた。そこまで酒が好きなのかと思わずため息をついてしまう。


「弾正、お茶をついでくれるんだったら早くしてよ」


 唐突に隣から聞こえてきた声に思わず肩を震わせると、声に続いて砂橋のため息が聞こえてきた。


「そんなに驚かなくてもいいじゃん。なに、考え事でもしてたの?」

「……別に」


 俺は冷蔵庫をしめた。


「お前の方こそ、何を調べていたんだ?」


「他の部屋を調べていただけだよ。まぁ、火事に関係するものはもちろんなかったけれど」


 それはそうだ。


 火事はこの部屋の真ん中で起こっている。他の部屋に手がかりなどあるはずもない。


「木村結人さんの写真などはありますか?背格好などを知りたいんです」


 湯浅先生が熱心に高瀬に質問する中、砂橋は俺が麦茶を入れたガラスのコップを注いだ瞬間にとって、飲み干した。


「はい、おかわり」

「そんなに喉が渇いたのか」

「だって、暑くない?」


 確かに、気に留めていなかったが、暑い。日が照り始めてきたのだろう。まだ正午にはなっていないが、カーテンが閉められていないこのリビングにはこれでもかという程、眩しい日が差し込んでいる。


「あ、ごめんなさい。暑かったですよね。ハイ、ロイド。エアコンをつけて」


 高瀬の言葉に反応するように頭上に取り付けてあったエアコンからピッと音が鳴り、稼働音が聞こえ始める。


「声に反応するんだ?」


 砂橋はエアコンを見上げながら、聞くと高瀬は「ええ、そうです」と頷いた。


「結人は最新機器を買うのが趣味みたいなものでしたから、ほとんどの家電が声やスマホで操作できたりしたんですよ」


「へぇ~、すごいね。最近、やってるゲームみたい」


 砂橋の言葉に高瀬が首を傾げた。


 昨夜やったゲームは確かに近未来が舞台だったが、こんな場所でゲームの話を持ち出さないでほしい。依頼人が目の前にいるのに。


「高瀬さん」

「あ、写真でしたよね……それならここに……」


 高瀬は持っていた鞄の中からスマホを取り出した。恋人だったのだから、木村結人の写真は彼女のスマホの中に多く入っているだろう。


「ロイドだって。僕の声でも反応するのかな」

「どうだろうな」


 俺も砂橋も最新機器を家に導入することはあまりない。リモコンを手に取って操作することを苦だと思ったことはないし、そこを楽したいと思ったことはない。


 それに家電を操作する機械など、砂橋の住んでいる場所には不要なものだろう。


「ハイ、ロイド。エアコンを消して」

「おい」


 砂橋の声に反応して、ピッという音と共にエアコンの風が吹いてくる部分が閉じていった。


「遊ぶな」

「試してみたくなっちゃったんだから仕方ないじゃん」

「仕方なくない」

「はいはい。今日はいつも以上にぴりぴりしてるね。ハイ、ロイド。エアコンつけて」


 またピッと音を立てて、エアコンが動き始める。

 どうして、高瀬は探偵として砂橋を選んでしまったのだろうと俺は頭を抱えた。


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