第280話 緋色の部屋10
リビングの方へと向かうと砂橋と湯浅先生が黒焦げになっているリビングの真ん中を囲うようにして二人で立っていた。その光景を見て、高瀬の足が止まる。
「……高瀬さん?」
「あ、す、すみません……実は火事が起こってからここに来るのは初めてで……」
「大家さんもよくこの状態のまま放っておくことに同意してくれましたね」
高瀬の困惑など意も介さずに湯浅先生が黒焦げのフローリングを見下ろしながら、そう言った。砂橋はその質問を特に止める素振りも見せずに俺の横を通って、他の部屋の扉を開けていた。
砂橋の行動の意図が完全に理解できないのはいつものことだが、その理解できない化け物が二つに増えてしまったと思うと。俺の胃がきりきりと悲鳴を上げ始めた。
「えっと……大家は結人の親戚だったんです」
なるほど。木村結人はこのアパートの大家の親戚だったのか。それなら、大家が調査のために現場を保存してくれているのも納得がいく。
「そうですか。なるほど。なるほど」
黒焦げになったフローリングの周りには半分だけ黒焦げになったローテーブルと、かろうじて四角の形を保っている黒焦げの何か、そして、同じく黒焦げになっているものの形を保っている電気ストーブがあった。他にもいくつか黒焦げになっているものはあったが、全てが原型をなくし、煤と灰になっている。
「そういえば、お二人とも、これを」
湯浅先生が思い出したようにビニールの手袋を俺と高瀬に渡すために近寄ってきた。灰の匂いがする。できれば、リビングの真ん中の黒焦げの場所には高瀬を近づけさせないほうがいいだろう。
「今日は家を出るまではこれをつけていてくださいね」
「分かりました……」
指紋を調べるわけではないだろうに、と思いながらも俺と高瀬は湯浅先生に言われた通りにビニールの手袋をつけた。
「高瀬さんは亡くなられた結人さんの恋人さんでしたよね?」
湯浅先生が高瀬に尋ねると彼女は大きく頷いた。
砂橋や俺に質問されるよりも、湯浅先生が質問する方が、いわゆる専門家に質問されている気分にもなって、しっかり答えようとする気持ちが湧くかもしれない。
俺は二人のやり取りに耳を集中させながら、リビングに併設されているキッチンへと向かった。
壁にぴったりとつけられた洗い場には桶があり、いくつかの食器が水につけられていた。俺はあまり触らない方がいいだろう。
「恋人さんは寒がりな人でしたか?」
「そう、ですね……寒がりだった気はします。夏になっても薄い布団じゃなくて毛布をかぶっているのが多かった気がしますし……」
「なら、この季節でも寒いと少しでも感じたら電気ストーブをつける人だったということですね?」
「そうですね……」
キッチンの隣の食器棚に手を伸ばす。戸を開けると、二組ずつ似たデザインのコップやマグカップが並べられていた。
コップの類は全部で五つ。マグカップが二つ、ガラスのコップが二つ、ワイングラスが一つだった。どれも埃は被っていない。
俺はマグカップ二つとガラスのコップを二つ、キッチンの上へと並べた。
冷蔵庫は勝手に開けてもいいものか。
「どうやら、このテーブルの上の燃えたものは、ノートパソコンのようなのですが、彼氏さんはノートパソコンで作業をしながら、寝るということはありますか?」
「作業しながら寝ることはないと思います。夜中に作業をする人ではなかったですし……あ、でも、飲み会をしていたのかもしれないです」
「飲み会?」
意を決して一人暮らしなら充分な大きさの冷蔵庫を開けると、飲み物が入るポケットの下の段には、豊富な種類の酒の類の缶がずらりと並んでいた。
俺もたまには酒を飲んだりはするが、ここまでではない。木村結人は酒好きだったのだろうか。
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