第275話 緋色の部屋5


「砂橋。もうすぐ飯ができるからゲームをいったんやめろ」


 炊飯器の電子パネルに残り五分と表示されているのを確認して、俺は大型テレビの前に座って、コントローラーを握りしめている砂橋に声をかけた。


「ちょうどいいところだった。最初のチャプターが終わったところだよ」

「どんなゲームなんだ?」


 俺はゲームを受け取ったが、パッケージの説明欄などは一切見ていなかった。


 砂橋は顎に手を当てて「んー」と唸った。


「とりあえず、近未来が舞台で、アンドロイドが一般的に普及しているって感じの世界観かな。そこに生きる人間がアンドロイドと一緒に事件を解決したり、しなかったり?」


「しなかったりってなんだ?」


「解決しなくてもいいんだよ。そういう選択ができるゲームだから」


 事件があるのに、それを解決しなくていいとはいったいどういうことなのだろうか。


「犯人を殺すことも捕まえることも逃がすことも自由。そして、結果、自分が死ぬこともできる。とーっても自由で大量の選択から一つを選んで、その選択によって、引き起こす最後を見るって感じかな」


 要するに、どんなエンディングになるかは、プレイヤー次第というゲームか。


 砂橋が好きそうなゲームだ。


 俺の場合、ゲームに詰まったら、諦めてしまうか攻略を見てしまうかの二択だが、砂橋の場合は二周目までは絶対に攻略を見ない。しかも、二周目は手元に紙まで用意して選択肢をメモしている時がある。


 今回も最初の一回目は、何もメモを取らずに気の向くままに進めるんだろう。


 その結果、主人公が死のうが、きっと砂橋は楽しんでゲームを進める。


「今日のご飯は?」

「あさりの炊き込みご飯とあさりの味噌汁だ」

「あさりでもたくさん買ったの?」


 砂橋は、セーブをしていったんゲームの電源を切った。テレビはゲーム画面から夕方のニュースに切り替わる。


『連続殺人事件として警察はこの事件を見ており――』


「夕飯を食べながら見るものじゃないだろう」


 俺はテーブルにあさりの炊き込みご飯を盛った茶碗を置くと、砂橋の手からテレビのリモコンを取り上げて、画面を消した。


「別に今更気にしないよ」

「俺が気にする」

「肝が小さいなぁ~」


 誰だって、暗い事件の話を聞きながら飯を食べたくないだろう。俺の感覚は狂っていないと思いたい。


 それにしても、また連絡殺人事件の報道か。


 今朝、探偵事務所に呼び出しを食らう前にコーヒーを飲みながら見ていたニュースでも同じような話が出ていた。


「数日前からこの話で持ちきりだよねぇ」

「興味でもあるのか?」

「まったく」


 砂橋は俺の差し出した箸を受け取ると炊き込みご飯の中に隠れているあさりを一つ箸でつまみ、口の中に放り込んだ。俺もあさりをご飯と一緒に一口食べる。


 あさりのだし汁と下味としてなじませておいた醤油の量は間違いではなかったらしい。辛すぎることもなく、薄すぎることもない絶妙な味付けに満足して、俺は一人でに頷いていた。


「だって、連続殺人事件ってことは事件を増やす度に証拠を増やしてるってことなんだよ?そんなのすぐに警察の方々が捕まえるに決まってるじゃん」


 砂橋の言う通りだ。

 殺人を犯すということは、それだけの証拠が残る。


 丁寧に拭き取ったとしてもルミノール反応で血痕があったことはばれてしまうし、指紋は様々なところに残ってしまう。靴の痕から犯人の足のサイズが分かったり、最悪、犯人にたどり着いてしまうこともある。


 そう思うと、どう考えても何度も犯行を重ねることは悪手だ。


 それはただ自分が犯人だと名乗ることに他ならない。

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