第273話 緋色の部屋3
「ありがとう~。早速今日、弾正の家に行ってやってみようかな」
自分のデスクへと戻ってきた砂橋にゲームソフトの入った小さなビニール袋を渡す。砂橋の言葉に笹川からまた鋭い目で睨まれたような気がするが、気にせいではないだろう。
「今日はいつまでいる気だ」
「ゲームの進み具合によるかな」
もしかしたら、泊まりになるかもしれないらしい。
しかし、明日の高瀬との待ち合わせは十時だ。真夜中ぶっ通しでゲームをやるわけではないと思うが。
笹川はこちらを睨みながらも何も言わない。砂橋が俺の家に飯を食うために訪ねてくることは日常茶飯事のため、今更何も指摘できないのだろう。
「笹川くん、木村結人さんが亡くなった火事についての情報を集めて」
「分かりました」
笹川は俺を睨むのをやめて、自分のパソコンへと顔を向けた。
「弾正もニュースを見てたなら知ってるんじゃないの?アパートの一室で起こった火事で二十五歳男性がなくなったって」
その報道なら見たことがあるかもしれない。確か、昨日の朝方にやっていたニュースだったか。
「高瀬という女性は事件だと思っているのか?」
「思ってるんじゃない?彼女が何を望んでるかは知らないけど」
恋人の死を受け入れられないというのは、珍しい感情ではないと思う。
もしも、彼女がこの調査により、自身の気持ちの整理ができるのであれば、それもいいだろう。
「でも、この時季にストーブによる火事ねぇ」
俺の家のストーブももうすでに数か月前に買った当時から入っていた段ボールにしまって、クローゼットの奥に移動させた。
今は羽根のない扇風機ぐらいしか使っていない。
「しかし、テレビでは火は到着した消防隊によってすぐに鎮火したと報道していたらしいが」
「でもまぁ、人は死んだみたいだね」
実際に人が死んでいるから恋人がこうして調査の依頼をしに来ているのだ。
どうして、こんな時季にストーブを出していたのか。どうして、消防隊が駆けつけてすぐに鎮火したのに死人が出てしまったのか。
彼女もそれが気になってしまったから警察の出した結果に納得できなかったのかもしれない。
「これが、ネットでの記事ですね」
笹川に言われて俺と砂橋は彼のパソコンの画面を覗き込んだ。そこには火事が起きたという情報が出ていた。
火事を発見したのは、アパートの隣人であり、ちょうど外から帰ってきたところをカーテンが燃えているのが見えて、消防車を呼んだらしい。
そのため、アパートの他の住民の部屋には被害が出なかったらしい。もしも、隣人がたまたま火事に早く気づいていなかったら、死人が増えていた可能性がある。
「隣人による通報が午前一時。死体として発見された木村結人さんは眠っていた時に火事になる逃げることもできずに亡くなったらしい、と」
砂橋の呟きの通りのことがネットの記事には書かれていた。
炎によって死ぬことが一番苦しい死に方だと聞いたことがあるが、木村結人はその苦しみを味わったのだろうか。いくら眠っていたからとはいえ、火の熱さには気づくはずだが。
「砂橋さん、火災調査はしたことがあるんですか?」
笹川の質問に砂橋は「したことないよ」と答えた。
火災調査とは発生した火災の原因と損害を調査することだ。
「警察に調査報告書を見せてと言ったら見せてくれるかな?事故って言ってるなら、ちゃんとした調査は消防署しかしてないと思うけど」
警察なら熊岸警部という心強い知り合いがいるが、消防署に知り合いなどはいない。
「湯浅先生を頼ろう」
「湯浅、先生?」
笹川が鸚鵡返しに尋ねた。俺も内心は笹川と同じ反応をして、お互い目を合わせた。無言の「知ってますか?」「いや、俺も知らない」というやり取りをした後、砂橋に目を戻す。
しかし、砂橋はスマホを取り出して、自身の耳に当てていた。
五コール程した後に、砂橋が「あ」と声をあげる。
「湯浅先生、久しぶり。最近はどう?ちょっと火災に関する依頼を受けてさ」
砂橋は、話しながら、給湯室へと入って行ってしまった。困惑している笹川と俺を気にせずに砂橋は冷蔵庫を開けて、リンゴジュースのパックとガラスのコップを取り出した。
「あ、来る?そうだよね。別に行政機関の人間じゃないから火災現場に行けることもないもんね、先生。それじゃあ、明日の十時に指定した場所に来てよ。住所はメールで送っておくね」
砂橋の声に聞き耳を立てるが、やはり通話相手が何を言っているかどうかは聞こえない。
「そうだ。先生、最近はアルコールランプに興奮してる?ん?今はガスバーナー?そりゃよかった。じゃあね、また明日」
俺と笹川はお互いの顔を見合わせた。
アルコールランプに興奮する人間とはなんだ。
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