第272話 緋色の部屋2


「それでは、今回の依頼は恋人である木村きむら結人ゆいとさんがどうして死んだのかの詳しい経緯を知りたいということでよろしいですか?」


 ちょうど探偵事務所セレストに戻ってくると、ソファーに砂橋が座り、その向かいに座っている女性に確認をとっているところだった。


 女性は短い黒のタイトスカートを履き、白のブラウスを着ていた。


「そうです。結人がどうして死んだのか知りたいんです」


「木村結人さんが亡くなった火事は報道で僕も知ってますが、事故と警察は言ってるんですよね?」


 俺は笹川の隣のデスクである砂橋のデスクの椅子を引いて、そこに座った。すると、パソコンのキーボードを叩いていた笹川が隣の席に座った俺を鋭い目つきで睨んできた。今日の笹川は袖が着物のように広い赤い線の入った黒の上着とジーパンと赤のスニーカーだった。ウィッグはつけておらず、ずいぶんとラフな恰好だなと思ったが、この服装にも彼なりのこだわりがあるのだろう。


「そうですが、私にはどうしても結人の死には何かあると思って……だって、こんな時季にストーブから引火して火事で死亡なんて、おかしいじゃないですか」


 俺はカレンダーを見た。


 先日梅雨も終わったばかりだ。それもあり、今はとてもじゃないが、ストーブをつけるような気温ではない。ストーブをつけるぐらいだったら、エアコンをつけるだろう。


「我々も木村結人さんの火事について調べますが、その結果が警察の出した最終結果と一緒だったとしても納得していただけますか?」


「……調査した結果、そうなるのであれば、私も納得します」


「分かりました。それでは、調査をしましょう」


 砂橋は依頼人と初めて話す時はたいてい敬語だが、その敬語がいつ取れるかは気分次第だ。最後まで敬語で相手をする時もあったし、ほとんど最初から敬語など使ってない時もあった。


 果たして、今回の依頼人である女性にはいつ敬語を取るのだろうか。


「こちらが契約書です。調査の途中で、また新しくお金がかかる場合も相談させていただきますが、この額から増すことはほとんどありません」


 女性は砂橋の話を最後まで聞かずにローテーブルに置かれたペンと契約書を手元に引き寄せて、署名の欄に自身の名前を書いた。砂橋はそんな女性をじっと見ていたが、彼女がサインし終えた契約書を砂橋に差し出すとにこりと笑った。


「それでは、調査は明日からにしましょう。途中、話にあがっていましたが、本当に高瀬たかせさんは木村結人さんのご両親から調査についての了承をもらっているんですね?」


「はい。合鍵も元々結人からもらっていますし、今回、探偵の人に調査をしてもらいたいと私が頼んだところ、私に一任してくれると言ってくれました」


 だいたいの内容は二人の話から分かる。


 高瀬という女性は、火事でなくなった木村結人の恋人であり、恋人の死の原因を詳しく知りたい。警察は不運な事故だと断定しており、彼女はそれを受け入れることができないでいるのだ。


「では、高瀬さんの要望通り、調査には同行してもらう形になります。明日の十時頃に木村結人さんの住んでいたアパートの前で待ち合わせということでいいですか?」


「はい。大丈夫です」


 機械的なやり取りが行われる中、俺と笹川はあまり砂橋と高瀬を凝視しないようにしながら、耳だけ二人の方に集中させていた。何もしていないのはおかしいと思い、鞄から取り出した文庫本は、開かれたページから一切進んでいない。


「他に質問や確認しておきたいことなどはありますか?」


「大丈夫です」


「それでは、今日の打ち合わせはこれで終わりましょう」


 砂橋がそう言うと、高瀬は立ち上がって「ありがとうございます」と頭を下げると、赤いヒールをかつかつと鳴らしながら、探偵事務所から出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る