第270話 姿のない文通相手【完】
「ずいぶんと嬉しそうな声だったね、清水さん」
「どうやら、ちゃんと会えたらしい。大野百合子は闘病中だったみたいだが、彼女のことを清水が支えると言っていた」
「ふーん」
早く病院に清水が行けるようにと珍しく配慮したわりに砂橋の反応は薄かった。もう興味があまりないということだろうか。
「あんなに遠回しに来てほしくなさそうにしてたのにね」
「……確かに、謎解きはどれも遠回しだとは思ったが」
そう考えるとそうだ。
病院にいるというのなら、そう伝えればいい。自分が闘病中だと書きたくなかったのか。
「清水さんだけだと解けないと確信してたと思ってたよ。折り紙の犬も折れないなんて豪語していたんだから、そのエピソードを大野百合子に話している可能性もあるでしょ?」
大野百合子は来てほしかったのか、来てほしくなかったのか。
彼女に会ったことがない俺には彼女の考えを当てることはできない。俺にできるのは推測することだ。
来てほしい。来てほしくない。
果たして、そのどちらかだろうか。
「例えば、来てほしいと思っているが、それと同時に来てほしくないと思っていたんじゃないのか?」
「来てほしいのに来てほしくない?」
闘病中という言葉を聞いて、真っ先に思いついたのは、投薬によって自分の姿は以前と比べ激変してしまうような病気だ。
「もし、病院にいることを素直に教えて清水が病院に来たとして、大野百合子の現状を見て、清水が彼女と距離を置かないという確信を大野百合子は持てなかった」
砂橋は色が微かに違うプリンの一層目と二層目をプラスチックのスプーンで掬い、口に咥えた。
「だが、遠回しな謎を作り、清水が一人では解けないようにしておけば、清水は謎が解けなかったから彼女のところに行くことができず、手紙ももう来なくなる」
「つまり?」
「どちらの結果にしろ、大野百合子と清水の今後のやり取りはなくなる。だが、二人の関係が途切れるとしても前者と後者の理由、どちらがいいかと考えた場合、大野百合子からしてみれば、病気や自らが理由で距離を置かれるよりも、謎が解けなかったから清水が自分にたどり着くことができなかったと考える方が、気が楽だろう」
砂橋は俺の方を見ずに五口ほどでプリンを食べ終わると、ソファーに深く腰かけた。
「もし、その動機が本当だったとして、今回、清水さんは大野百合子さんにたどり着いてしまったわけだけど、僕らがしたことは余計のお世話ってこと?」
大野百合子が清水が離れる理由として謎解きを用意したのなら、本当に謎が解かれてしまうとは思っていなかったのだろう。
しかし、俺たちがしたことが余計なお世話だろうが、間違ってはいなかったと思う。
「大野百合子は、謎解きで清水が自分にたどり着けないことも望んでいたが、謎を解いて、自分に会いに来ることも望んでいただろう」
それに関しては確信がある。
「たどり着いてほしくないのであれば、そもそも解ける謎は用意しない」
「それもそうだ」
砂橋は「チーズケーキも食べようよ」と言い始めたが、まだ夕飯も食べていなかったため「食べるとしたら夕飯の後だ」と言って、ビニール袋に伸びた手を止めた。
「じゃあ、今度百合子さんに会いに行く時は動機も確認しなきゃね」
「わざわざ聞くほどのことか?」
砂橋は意地の悪い笑みを口元に浮かべた。
「弾正がそれらしく推理したんだから、正解を確かめないとね」
「はぁ……好きにしてくれ」
「外れてたら、今度、A5ランクの肉でしゃぶしゃぶしようよ。もちろん、弾正の金で」
「……」
俺のスマホが震える。
通知を見ると、清水から写真が送られてきていた。
俺は送られてきた写真を笹川と砂橋に見せ「いつ撮ってたの?」と目を丸くする砂橋と「俺も行きたかった!」と喚き始める笹川を見て、笑った。
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