第266話 姿のない文通相手18


 メインハウスの裏手にあるテラス席には机と椅子がいくつも置かれており、移動販売の車がいくつかあった。


 平日ということもあり、開店している車は少なかった。


「弾正、水買ってきて」

「水でいいのか?」

「うん」


 俺は清水と砂橋と同じように椅子に座りかけたところで砂橋に言われ、仕方なく、近くにあった自動販売機に小銭をいれて、水の入ったペットボトルを買った。


「時間があるかどうかも分からないから、早速噛み砕いて説明させてもらうけどね」


 水の入ったペットボトルを砂橋に手渡すと、砂橋は俺が席につくのも待たずに口を開いた。


 俺が水を買いに行っている間に清水に出すように要求していたのか、清水はテーブルの上に封筒を出して、十字の形へと姿を変えていた赤い折り紙と、先ほど手に入れた名刺程の大きさの画用紙を砂橋の前へと差し出していた。


 砂橋は目の前に来た赤い折り紙の矢印に従って開いた部分を閉じたかと思うと、裏返して広げるという作業を繰り返した。いつの間にか折り紙は最初の状態へと戻っている。


「まず最初にできたマークは花のマークだったでしょ?」


 開いた折り紙をまた折り目に沿って折っていく。そして、裏返しまた折っていく。


「二番目に現れたマークがこの丸の形の中にバツ印があるマーク。このマークどこかで見たことがない?」


「さぁ……どこにでもあるようなマークだと思いますけど」


 確かに丸にバツ印というシンプルなマークはどこにでもあるように感じる。

 しかし、砂橋がわざわざ質問するということは何か意味があるんだろう。


「地図記号とか習ったでしょ」


 砂橋はそれだけ言って、また裏返して次のマークを作った。

 四角の角に申し訳程度に斜めに伸びた線が書かれたマーク。

 先ほどの丸にバツ印のマークが地図記号だと言うのならば。


「交番か?」


「さっきの丸にバツだね。こっちの四角にちょんちょんって斜め線がくっついてるのは知らないかもしれないけど、これも地図記号。高塔って言って、展望台とか五重塔とか……他にも送電線の鉄塔とかそういう高い建造物を表す記号だよ」


 一気に説明をした砂橋は、流れるようにまた折り紙を裏返して、矢印に従い、紙を開いていき、十字を作る。


「雫のマーク」


 それだけ言うと砂橋は、俺が買ってやったペットボトルの蓋を開けると、名刺程の大きさの画用紙を手に取って、テーブルから離して、地面に近づけたと思うと、止める暇のなく、ペットボトルの水を画用紙にかけた。


「えっ、ちょっ、ちょっと!」

「あ、ほら、出てきたよ」


 慌てる清水など気にも止めずに水に濡れてしまった画用紙を砂橋はテーブルに置いた。


「文字が消えたらどうす……え?」


 文字は消えてはいなかった。


 その逆だ。


 新たに文字が出現していた。


 三文目の「最後は私のいるところ」の後の空白に数字が現れていた。


『二番目は、35.676764 / 139.752137

 三番目は、35.658610 / 139.745600

 最後は私がいるところ、35.313517 / 136.777932 』


「スマホの地図でこの数字をいれて調べてみなよ。たぶん、緯度と経度だから」


 清水は慌てて鞄の中からスマホを取り出して、砂橋に言われたように検索をし始めた。


「……二番目の数字は、警視庁本部」


 交番の地図記号だったが、警視庁本部も交番の地図記号が当てはめられるのだろうか。ネットの地図には地図記号など書かれていないため、地図記号など見ることはなくなった。特に高塔の地図記号なんて、学生の頃に地図記号を習っていた頃も気にしたことがなかったと思う。


「三番目は……東京タワー」


「あとは、私のいるところでしょ?そこの場所に行けばいいと思うよ。……早く行った方がいいんじゃない?」


 がたりと椅子を倒しそうになる程の勢いで清水が立ち上がった。スマホの画面と砂橋の顔を交互に見ると、彼は次に俺の方を見た。


「弾正さん、連絡先を教えてもらってもいいですか?後で落ち着いたら連絡するので!」


「あ、ああ……構わないが……」


 清水の勢いに押されるように、俺は彼と連絡先を交換した。彼は何度かお礼を言うとすぐに入場ゲートへと走って去って行ってしまった。


「なんだったんだ……」

「これ、もういらないからあげる」


 そう言って、砂橋は水の入ったペットボトルの蓋を閉めて、俺に突き出してきた。


「……そうか」


 俺はペットボトルを受け取って、自分の鞄の中へとしまった。

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