第263話 姿のない文通相手15


 ふと、後ろを振り返ると、先ほど馬に餌をあげていた男女のカップルの女性の方が引き馬体験をしていた。従業員に手綱をひかれ、馬の背に乗って馬場を一周する体験のようだ。


「馬に乗りたいか?」


 引き馬体験をしている馬場を指さして、砂橋に聞くと「うーん」と芳しくない反応が返ってきた。


「どうせなら、ギャラリーがいないところで乗りたいよね。一周したら終わっちゃうし」


「そうか」


 どうやら、引き馬体験はお気に召さなかったらしい。かといって、好きに馬に乗ることが砂橋にできるとは思わないし、砂橋が馬に乗ろうと出かけることはないだろう。


「……乗ってこい」


 そう言いながら、引き馬体験にかかるお金を渡すと首を傾げながら、砂橋は引き馬体験の受付へと歩いていった。


「仲がいいですね」

「腐れ縁だ」

「そんなことないと思いますよ」


 仲がいいと言われたら、俺だけではなく砂橋も即答で「そんなことはない」と否定するだろう。


 決して俺と砂橋は仲がいいとは言えない。それでも俺と砂橋が大学時代に出会ってからこうして数年来の付き合いをしているのは、腐れ縁以外なにものでもないだろう。


「……弾正さんは誰かと手紙のやり取りをしたことはありますか?」

「手紙か……」


 記憶を辿ってみる。


 幼い頃は両親に倣って、年賀状などを書いていた時期もあったが、今では仕事の関係の人間に形式的に年賀状を送っているのみだ。


 それに年賀状は手紙とは言えないだろう。


 私が考える手紙というのは、清水が見せてくれた封筒と便箋の組み合わせのものだ。


 そういえば。


「手紙のやり取り、ではないが、手紙は定期的に書いている」


「あ、書いてるんですね」


「ああ」


「やり取りではないというのは?」


 茶色の封筒に便箋を一、二枚。


 近況報告と相手の体調を心配する内容の簡単で、面白味も一切ない手紙だ。


「相手から返事は返ってこないからな。ちゃんと読んでくれているのかも怪しい」


「え」


 大野百合子と手紙のやり取りをしている清水からしてみれば、おかしいだろうか。一切返事が来ないのに手紙を送っているのは。


「それってラブレターとかですか」


「馬鹿言うな。母親への近況報告だ」


「あ、そうなんですね」


 まさか、ラブレターを送って、返事が来ないから送り続けているという奇行をしていると思われたのは心外だ。


 俺は精神病院にいる母親に送っているだけだ。


「でも、返事がないって心配になりませんか?」


「返事がないのは元気の証拠と思うことにしている」


 そもそも俺の事も俺に関係することも考えない方が母親のためだろう。心労が祟って精神病院に行くことになったのだから。


 送った手紙の返事は一度も来たことがない。


 何度か見舞いに行ったことはあるがいい結果は得られなかった。だから、俺は会いに行くのをやめたのだ。


「それは、確かにそうですね……」


「文通は楽しいか?」


「はい!とても楽しいです!」


 力強い肯定の返事が来た。しめっぽい話をするのは性に合わない。それが自分の話ならなおさらだ。


 ちょうど、馬場の傍にベンチがあり「撮影スポット」という看板が立てられていたので、俺と清水はそのベンチに座った。


 清水は一眼レフのカメラを構えて馬に乗ろうとしている砂橋へと向けた。


 砂橋は自分が羊に襲われている時も馬に乗る時も写真を撮られているとは思っていないだろう。


 帰りに探偵事務所に寄った時、清水からもらった写真を笹川に送り付けてやろう。

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