第262話 姿のない文通相手14
ウサギやモルモットが入ったケースがいくつも外にスペースに集められていた。ほとんどが寝ていた。
馬舎の前では、俺よりも若い男女のカップルらしき二人組がにんじんを馬に差し出していると、その隣の窓から顔を出している馬が首を上下に大きく激しく振り、自己主張をしていた。
「砂橋」
「なに?」
砂橋が二人程の高さの木の上に乗っていたヤギを見ていた砂橋を手招いて、百円を渡してやる。
馬が好きだと言うのなら、餌もやりたいはずだ。
「にんじんも確か百円だったはずだ」
「そうだっけ」
砂橋は無人の餌売り場へと向かい、すぐににんじんの入ったプラスチックのコップを一つ手に持って戻ってきた。
白い毛並みのところどころに黒い斑点の模様のついた馬の窓の下にある馬の紹介のポスターを確認し、砂橋は馬の名前を呼びながらにんじんを差し出した。
「弟さん、楽しそうでよかったですね」
唐突な清水の言葉に噴き出さなかったのは奇跡だと思う。しかし、俺は思いっきり噎せた。心配するように清水に背を撫でられたが、俺が噎せている原因はお前だ。
それにしても弟か。
清水には俺と砂橋が兄弟に見えていたわけだ。
「……ただの友人だ」
「あ、そうだったんですか?」
「それに砂橋の歳は俺と同じ歳だ」
清水は俺の言葉にぽかんと口を開けたまま静止した。そして、口を開けたまま、三本目のにんじんのスティックを馬に差し出す砂橋を見てから、同じ顔を俺の方へと向けた。笑ってしまうからやめてほしい。
「同じ歳なんですか!」
「ああ、大学時代に知り合った友人だ」
弟と言われるのは妙な気分だ。近からず遠からずな関係だと思うが、こうも真面目に兄弟だと信じられていたと思うと笑いがこみあげてくる。
「へぇ……そう……そうだったんですね」
二度ほど砂橋と俺を交互に見ると、困ったように眉尻を下げて、頭の後ろを掻いた。
「どうしましょう……。先ほど子供扱いしてしまったので怒らせてしまってるかもしれないです」
「そこまで気にしてはないと思うぞ」
不快な気持ちにさせている可能性がないとは言い切れないが、態度に出していないということはそこまで気にしていない可能性の方が高い。
それに今日は謎解きゲームを誰にも邪魔されることなくできた上に、新しい謎も供給されたのだ。いつもよりはもしかしたら、機嫌がいいのかもしれない。
「あとで謝った方がいいですかね?」
「逆に大真面目に謝った方が気に障ると思うから、今までのことは全てなかったことにして自然に接する方がいいと思うぞ」
下手に申し訳ないという態度をとると、砂橋の場合「反省してるなら僕のお願い聞いてくれる?」ととんでもないことを言い出しかねない。
ただでさえ、探偵ではない俺は清水を騙していることになるのに、それに付け加え、砂橋のワガママに清水を振り回すことはできない。
「弾正さんがそう言うなら……」
「弾正、にんじん終わったよ」
清水との話し合いが終わった頃、砂橋が空のプラスチックのコップを手に戻ってきた。
先ほどからちらちらと見てはいたが、他にも馬がいるのにも関わらず、砂橋は最初から最後まで白い毛並みに黒の斑点の馬ににんじんをあげ続けていた。
「もういいのか?」
「うん」
どうやら、気に入った馬だけに餌をあげるのが砂橋にとっての楽しみだったらしい。
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