第256話 姿のない文通相手8
「よし。大丈夫だ。封筒の中身だったな」
「はい。これなんです」
彼は封筒の中身を取り出した。
中身は薄い桜色の便箋が数枚と、正方形の赤い紙があった。
桜色の便箋は、模様として桜の花や木の枝などが散りばめられていた。
封筒の宛先は「清水幸雄様」、そして、裏側には手紙の差出人「大野百合子」と名前があった。どちらの住所もきちんと書かれている。
「便箋は俺が読んでもいいのか?」
「……たぶん、大丈夫だと思います。謎が解けるなら」
謎。
普段なら砂橋が飛びつきそうなものだが、ちらりと横を見ても砂橋は牧野の村で購入した謎解きの冊子を折り曲げたりしている。
きっと話しかけたら嫌そうな顔をされてしまうだろう。
俺は薄い桜色の便箋を手に取って眺めた。
最初は季節の挨拶だった。
この手紙を書いたのは四月の終わりだったみたいだ。季節の変わり目になるので体調に気を付けるようにという言葉と、前の手紙のやり取りで清水が送ってくれた写真がとても綺麗だったと賞賛する言葉があった。
きっとこれは謎解きには関係ないだろう。
便箋の一枚目は、そのような内容だったので、読み終わった後、白い封筒の上に置いた。
二枚目の一行目には「実は、私、この住所には住まなくなるので、今度から手紙をこの住所に送ってもらっても私に届くことはなくなります」と書かれていた。
ずいぶんと遠回しな言葉だった。
引っ越すなら、引っ越しますと書けばいいのに。
そして、手紙の相手である百合子は一度だけでも会いたいので、清水も私に会いたいと思ってくれているのであれば、私を見つけてくださいと書かれていた。あと、忘れ物をしたので取りにいってほしいという旨が書かれていた。
「この手紙が送られてきて、どうしてここに?」
「封筒の中に牧野の里のチケットが入ってたんです。この手紙がとどいたのが先週だったので、休みがとれた今日来たんですけど……」
確かに手紙には日時の指定はない。これでどうやって探せというのだろう。チケットが入っていたからと言って、牧野の村に来たはいいが、曖昧すぎる。むやみやたらと歩き回っていてもこの大野百合子を見つけられないだろう。
待ち合わせには、場所と日時が必須のはずだ。
しかし、この手紙にはそのどちらも明記されていない。これでいったいどうやって出会えると言うのだ。
「この正方形の赤い紙も一緒に入っていたのか?」
「はい。そうです」
赤い紙を手に取る。もうすでにいくつも折り目がついていて、赤い紙には黒いマークのようなものがいくつかあった。しかし、どれもが絵の切れ端のような見た目をしていた。
「この折り目は?」
「最初からついてました。僕、昔から不器用で……折り目があっても折り紙の鶴が折れない人間だったんです。だから、手を出したら、元からある折り目がぐちゃぐちゃになると思って……」
むしろ、折り紙の鶴なんて折り目がある方が面倒だと思うのだが。
「あと、犬も折れません」
「それは賢明な判断だ」
しかし、俺も手先が器用なわけではない。それに折り紙など十数年ぶりだろう。まともに折れるとは思わない。
隣にいる砂橋は、冊子の折り目を綺麗に折って、謎解きの答えを導き出しているようだ。
最後の答えを入れる場所に文字を書き込んでいる。
結局、俺も買ったのに謎解きをせずに答えを見てしまうことになって、俺は後悔した。
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