第254話 姿のない文通相手6


 砂橋が俺の後ろで笑い声を堪えているのが分かった。笑い声が漏れそうになって咳払いをするのも聞こえてくる。


「その、なんて……?」

「探偵さんなんですよね?すみません、困ってるんです!僕を助けてください!」

「いや、俺は」


 何故かは分からないが、彼は俺のことを探偵だと勘違いしている。否定しようと口を開いたところ、後ろから手が伸びてきて、口を軽く塞がれる。


「そうそう!この人はいくつもの事件を解決してきた弾正探偵だよ!なにか困ってることがあるなら頼むといいよ!」


 砂橋、この野郎。


 余計なことを言い終わると砂橋は俺の口から手を離して、三歩ほど俺から距離をとった。


「本当ですか!」


 お願いしますと頭を深く下げていた男が顔をあげて、俺の顔をじっと見てきた。期待のこもった視線を受けて、俺は眩しさに目を細めるようにして目を瞑った。


「……とりあえず、何に困ってるんだ」


 お願いだから、極度の方向音痴で道に迷っているという簡単なことでお願いしたい。そうでなければ、俺にはどうしようもできない。


「実は……」

「あ、いや、待ってくれ」


 俺の袖を両手で掴んで地面を両膝をついていた男が、そのまま話を始めそうだったので俺は慌てて、彼を止めた。


「離してくれ」

「えっと、実は」

「いや、話を話せということじゃなくて、袖から手を離してくれ」

「あ、ごめんなさい、つい!」


 ついで成人男性が成人男性の袖を両膝を地面について掴んだまま話し出すか。


 近くのベンチに移動するかと俺は男が先ほどまで座っていたベンチへと目を向けるが、すでにそこには六十代程の男女が代わりに座っていた。


「僕ら、謎解き中だから、謎解きしながら聞いてあげたら?」

「……それでも構わないか?」

「はい!話を聞いてもらえるなら!」


 いいのか。謎解きのついででいいのか。


 さすがに男が頼っている俺まで謎解きをしながら話を聞くのは悪いと思い、俺は謎解き途中のキットを肩から提げている鞄の中にいれた。


 砂橋は相変わらず、謎解きの冊子を開きながら、たまに周りの花畑を見回している。どうやら、充分楽しんでいるようだ。


「弾正探偵、って呼べばいいですか?」

「弾正で大丈夫だ。探偵はいい」


 そもそも俺は探偵ではない。


 砂橋の悪ノリに付き合うのも面倒だが、探偵ではないと言ってしまうと男の期待を裏切ることにもなってしまうのでどうしても言い出せなかった。


 ラベンダー畑の横を歩きながら、男の話を聞く。


「僕は清水幸雄って言います」

「そうか。それで清水は何に困ってるんだ?」


 周りを見るに彼は現在一人だ。

 家族連れというわけではなく、かといって友人や恋人が一緒というわけではない。


 花畑の道の真ん中のため、この場所は店が近いわけではない。連れを待っているというわけではないだろう。


「実は、僕、待ち合わせをしてるんですけど」

「もしかして、待ち合わせをしている相手が来ないのか?」


 待ち合わせの相手が見つからないのであれば連絡をとればいいだけの話ではないか。もしかしたら、相手がスマホを落としたり、電源を切っていたりすれば、園内放送で呼んでもらえばいいだろう。


「来ないというか……」


 清水は少しだけ言い淀んでから、数秒後にやっと口を開いた。


「待ち合わせ場所が分からないんです」

「待ち合わせ場所が分からない?」


 思わず鸚鵡返しに聞いてしまった。

 それにしても待ち合わせ場所が分からないということはどういうことだろう。


「園内放送で相手を呼び出してみたらどうだ?」

「それもそうなんですが……」


 清水は鞄の中から大きな白い封筒を取り出した。


「僕は彼女のいる場所を見つけないといけないんです。だから、園内放送をすることはできないんです」


 いったいどういうことなのか分からないが、封筒の中に待ち合わせの場所が記されてはいないのだろうか。


「あ、謎のパネル発見」


 砂橋は清水の話を聞くつもりは一切ないのか、謎解きを続けていた。


「キーワード集めはだいたい終わったかな。ねぇねぇ、机のあるところに行こうよ」


 砂橋が俺たちを振り返ってそう言った。俺が清水の方へと視線を向けると彼も頷いた。


「僕も封筒の中身を見せるなら机のあるところがいいので……」


 机のある場所となると、食事処などや休憩スペースとなる建物の外の机と椅子が並んでいる場所か。


「僕、お腹すいた。ラベンダーソフト食べたい」


 それなら、花畑の近くにある小さなカフェに行くかとパンフレットを見ていると「あ、お世話になるので奢りますよ」と清水が言い出した。砂橋も「弾正、奢ってくれるって!」と乗り気になってしまったので、いよいよ、俺は清水の頼み事を断れなくなってしまった。

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