第253話 姿のない文通相手5


「失礼にも程がある」

「ごめんって」


 一切ごめんとは思っていないような表情で砂橋は形だけの謝罪を口にした。笑いすぎて涙が出ると目尻を指で拭いながら、砂橋はまた肩を震わせていた。


 ミニチュアの街がある建物から出て、花畑の横を歩いていた。

 六月下旬の今の時期はラベンダーの季節らしく、花畑は青色に染まっていた。


「砂橋の好きな動物はなんなんだ」

「馬かなぁ。頭いいし」


 確かに馬は頭がいいだろう。その理屈で言うと水族館で同じ質問をしたら「イルカが好き」ということになる。


 建物から出て、開園直後よりも人が増えていることに気づく。


 花畑の周りを歩いている人物を何人か見かける。しかし、平日ということもあり、人は少ない。


「そういえば、笹川くんにもお土産を買わないといけないし、チケットをくれた笹川くんのお姉さんにもお土産を買わないといけないよね」


「……俺は笹川の欲しいものは知らないが?」


「僕があげるものだったらなんでも喜びそうじゃない?」


 否定できないところがあるのが笹川だ。


 確かに砂橋のお土産だったら、なんでも喜びそうだ。しかし、この調子だと砂橋はきっとまともなお土産を選ばないだろう。


 俺が選ぶしかないのか。


 無難に美味しそうなものを選べば、お土産の形にはなるだろう。


「お土産を買うなら、帰りは探偵事務所に寄るか?」

「うん、そうだね」


 砂橋は探偵事務所に勤めているため、翌日にでもお土産は渡せばいいが、パンフレットを見る限り、オススメのお土産はプリンやチーズケーキのようだった。早めに渡す方がいいだろう。


 そんなことを考えていると、ふと袖が後ろから引き留められた。


 柵には近くはないが、何かに袖がひっかかったかと思いつつ、後ろを振り返ると俺の後ろで泣きそうな顔をした成人男性が俺の袖を掴んでいるところだった。


 確か、この男は先ほどまで近くのベンチに座って、うなだれていたはずだ。俺も砂橋も気に留めていなかったが、迷子にでもなっているのだろうか。


 しかし、男の手元には牧野の村の地図が握られている。俺よりも年上に見えるこの男性が地図も持っていてこの園内で迷子になるはずがないのだが。


「あの……」


 何故、袖を掴まれているのか分からず、俺が困惑しながら声をかけようとすると、男性は俺の声を遮るようにして、両手で俺の袖を掴まえたまま声を出した。


「探偵さん、助けてください!」

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