第44話 アイドル危機一髪17


「桃実さん、ロッカー内の写真や鞄の写真は撮りましたか?」

「はい……。荒らされたりした様子はなかったので、鞄を開いた時に気づいたんですけど」


 桃実はスマホを取り出すと俺に写真を見せてきた。画像は二枚。ロッカーの中の様子と、鞄の中の様子。ロッカーの中は荒らされた様子はなく、開いている鞄の中に財布がないだけだった。犯人の目的は財布だけだったのだろう。金目当てでもないとすれば、何が目的なのか。


 フルーツフィールドの仕事が終わり、俺と桃実はそのまま別れたが、メールでタクシーを使って探偵事務所まで来るようにと指示しておいた。桃実が来る前に俺も着替えておいた。長い黒髪のウィッグははずし、服もスカートからズボンへと替えて、メイクを落として、度の入っていない眼鏡をかけている。


「財布が欲しかったんじゃない?」


 ふと事務所の入口を見てみるとそこには砂橋さんが立っていた。砂橋さんは事務所に入ってくると、ソファーへと歩いてきて俺の隣に座った。


「砂橋さん、それはどういう」

「どんな財布だったの? ブランドものとか、可愛いとか。財布が欲しくなったから取ったとか。お金は取ってないから罪はないとでも思ってるんじゃない?」


 砂橋さんはリュックを肩から降ろして中から封筒を取り出した。手紙を入れるにしては少し太いその封筒には写真が入っていた。


「写真、ありがとう。竹林に会ってきたけど、彼は最近あのスーパーの近くに奥さんと一緒に引っ越してきたみたいだよ」

「奥さん……そうなんだ。隆くん、結婚してたんだ」


 どうやら、砂橋さんは桃実が怪しいかもと写真を渡した竹林という人物とコンタクトを取っていたらしい。


「竹林とはスーパーでたまたま出会ったんだよね?」

「はい。前にスーパーで買い物をしていた時に声をかけられたんです。話すまではあっちも、もしかしたら私かもしれないって思ってただけみたいですけど……」


 俺は、先ほど桃実から俺のスマホに送ってもらっていたロッカーの写真と鞄の中の写真を砂橋さんの方へと差し出した。砂橋さんは俺のスマホを受け取って、画面を眺めながら桃実に質問する。


「そういえば、再会しただけなのに竹林のことを疑ったのには理由はあるの?」

「隆くんに、告白されたことがあったんです。三回ほど。中学の一年生の時と高校一年生の時に。どっちも断ったんですけど、高校の卒業式が終わった後も告白されて……」


 なるほど。執着心が強い人間らしい。

 高校の卒業式となると、十八歳の頃だから二年前。確かに六年間も告白をし続けた竹林のことをストーカーかもしれないと思うのは当たり前かもしれない。


「まぁ、妻がいるならもう大丈夫ですよね」


 俺の言葉に桃実は罰が悪そうに顔を少し伏せ、首を横に振った。


「高校生の頃から隆くんはずっと彼女がいるんですよ」

「……」


 浮気男か。

 この手の男は彼女がいようといなかろうと告白をして、結果的に数人の女性と交際していることがあるが、妻を持ってすぐにその性分がなくなるとも思えない。


「じゃあ、まぁ、引き続き警戒かな。一人だけ警戒するわけもいかないから他の人も同時に調べていかないと……」


 砂橋さんはそう言いながら目を動かして、スマホの画面を隅々まで見ていた。ロッカーの写真だ。何か気になるものでもあっただろうか。


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