第43話 アイドル危機一髪16
「お疲れ様です。簡単にメイクを落とさせていただきますね」
ショッピングモールでのイベントが終わって帰ってきたフルーツフィールドの五人を出迎えてメイクを落とす。イベント終わりで少し疲れているのか、準備の時よりも全員の口数が少なかった。ふと荷物を取りにロッカー室へと行っていた桃実が切羽詰まった様子で扉を開けて帰ってきた。
「みんな、私の財布知らない?」
「財布?」
藤が鸚鵡返しに尋ねた。桃実は自分の胸に鞄を抱えており、テーブルにそれを置くと中身を見せるように鞄を開いた。その中にはスマホの充電器や手帳など、鞄に入ってそうな物が入っていたが、財布が見当たらなかった。
いや、財布が見当たらないだけなら、さほど驚くことはなかっただろうが、そこには本当に財布だけなかった。
というのも、財布の中身は残っていたのだ。小銭とお札、お店のカードにキャッシュカード、レシートなどが残っていたのだ。
財布が盗まれたとなれば、金銭目当ての犯行が多い。だというのに財布だけが消えて、中身だけが鞄の中に残っている。
「これ、盗まれたんだよね……?」
鞄の中身を見て、困惑気味に苺果が誰に問うでもなく尋ねた。しかし、それに明確な答えは返らない。被害者であるはずの桃実でさえ、よく状況が分かっていないのだ。
「とりあえず、北斗さんに相談したら? ロッカー室なんてこの会社にいる人なら誰でも入れるんだし」
奈々の言葉に桃実も「そうだね」と頷いた。マネージャーの北斗に相談して終わりだろう。桃実や他の四人の今まで傾向からして警察に行くことはないだろう。
「私、北斗ちゃん呼んでくるね~」
はるかがひらひらと手を振って、控室から出て行ってしまった。アクシデントはあったものの、他のメンバーのメイク落としをしながらはるかがマネージャーの北斗を呼ぶのを待つことにした。五人中三人のメイクを落として髪型を元に戻した頃にはるかが「北斗ちゃん呼んできたよ~」と部屋へと入ってきた。
細身の男性である北斗は近くに立つと俺よりも身長が高い。砂橋さんと何かと一緒にいるあの忌々しい弾正と同じくらいだろうか。
「財布を盗まれたって本当ですか?」
北斗の質問に桃実はこくりと頷いた。何かを言われる前にもう一度鞄を開いて小銭やカードが散らばっている鞄の中を見せた。北斗もその様子は想像していなかったらしく、数秒ほどぽかんと口を開けていた。
金ではなく、ガワだけ盗む人間がいるとは。
「ロッカー室付近にカメラでも仕掛けましょうか? さすがに室内に仕掛けるとなるとプライバシーの問題もありますし……」
北斗の言葉に「それもそうだ」と五人とも納得した。渋々と納得する者もいたが、ロッカー室の中にカメラを仕掛けることはこれ以降もないだろう。
その後、財布以外に被害がないことが確認され、メイク落としも全員分終わるとグループメンバーはそれぞれ帰り始めた。
使った道具を片付けていると、俺の方を見ている桃実と目が合った。俺が探偵事務所にいた人間だということは伝えているが、周りにその事を知られるのはあまりよくないので、できればこちらに接触しないでほしいのだが。
すると、桃実に奈々が話しかけた。
「桃実、最近大変だけど大丈夫?」
「え、う、うん。大丈夫だよ。相談してる人もいるし……でも、ごめんね。みんなに迷惑かけちゃって」
他の三人はもう帰ってしまったらしく、この部屋には俺と桃実と奈々しか残っていなかった。桃実の謝罪に奈々は首を横に振った。彼女は桃実の肩に手を添えた。
「気にしないで。みんな、ああ言ってるけど本当にストーカーに合ってるんでしょ。それに財布も……」
「ありがとう、奈々ちゃん」
ぎこちなく微笑む桃実を奈々は抱きしめた。奈々は桃実のことを他のメンバーよりは心配しているらしい。取り繕っているだけかもしれないが。
「……仲間の心配もしないグループなら、なくなった方がいいのかもね」
ぽつりと呟いた奈々の言葉に桃実は「え」と声をあげた。奈々はにっこりと笑って「なんでもないよ」と桃実から離れた。
「本当に辛かったらグループのことなんて気にせず休んでもいいからね。私は気にしないから」
そういうと彼女は自分の鞄を掴んで部屋から出て行ってしまった。桃実は扉を見つめながら、小銭がいまだに中で散らばっている鞄を胸の前でぎゅっと抱きしめた。
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