第42話 アイドル危機一髪15
「桃実から聞いた話の中で、怪しい人物が一人あがってたんだ。アイドルの仕事とは関係のない人物がね」
俺は今砂橋とスーパーマーケットの駐車場にいた。俺自身、何故こんなところにやってきて、車の中からスーパーマーケットの入口を眺めているのか分からないが、助手席に座っていた砂橋が聞いてもいないのに喋りだす。
「竹林隆、二十歳。桃実とは中学と高校が一緒だったらしいよ。八月の初めくらいにこのスーパーで桃実と再会したらしいんだ」
「なるほど」
ストーカーが始まったのは確か八月の中旬だったか。時期を考えるとその竹林がストーカーの線もあり得るだろう。
もうすでに用意していたようで、砂橋はポケットから写真を何枚か取り出した。三枚の写真には何人も人間が映っており、その中には桃実もいた。同級生同士の集まりか何かの写真だろう。
「竹林とは何度かこのスーパーで出会ってるらしいから見つけてつけていこうかなって」
「なるほど」
砂橋は写真の中にいる男を指さした。
写真の中の男は、やせ型でワックスで頭を尖らせていた。特徴といえば、それくらいで街中ですれ違っても「ああいう顔はよくいるな」という印象だった。
「これは成人式の後の写真だから髪型も見た目もそんなに変わってないと思うよ」
「見つけたらどうするんだ?」
「近くに控えて情報を仕入れる。家族構成とか恋愛関係とか……」
砂橋は言葉の途中でいきなり助手席の扉を開けて、スーパーの方へと歩いて行ってしまった。呼ばれていないので俺は車の中で待機することにした。
砂橋は入り口のカゴを手に取り、中へと入っていってしまった。
そういえば、夕食はどうするつもりなのだろう。昨日から外食だが、そろそろ冷蔵庫の中の卵の賞味期限が迫っているはずだから早く消費したい。今日は家で夕飯を作るとしよう。何を作ろうか。卵料理ならオムライスか。いや、親子丼がいいか。帰りに三つ葉でも買っていこうか。あってもなくても困らないが、入手できるのであれば、買っておいた方がいい。俺はスマホを手に取り、砂橋に「三つ葉を買ってきてくれ」と連絡した。既読のマークはついたので見ているとは思うが、返答はなかった。
しばらくして砂橋がビニール袋を片手に車へと戻ってきた。
「三つ葉は買ってきてくれたのか?」
「うんうん。買ったよ。今日のご飯はなに?茶碗蒸し?」
「……親子丼だ」
「茶碗蒸しも食べたいんだけど」
ビニール袋を自分の膝の上に置いた砂橋はシートベルトを締めた。どうやら、もうこのスーパーには用がないらしい。俺もシートベルトを締めると砂橋は流れるような動作でカーナビを操作して自宅へのルートを出した。このまま俺の家まで来て、夕食も食べていくつもりか。卵は足りるだろうか。
茶碗蒸しを作るとして、卵も鶏肉も三つ葉もある。椎茸も確かあったと思う。
「……茶碗蒸しだな」
「やった!」
砂橋の頼み事にはできるだけ早めに聞いておいた方がいい。今までの付き合いでそれは充分に分かっている。
「ところで買い物以外の用事は済んだのか?」
「竹林と話してきたよ」
近くに控えて情報を仕入れると言っていたのはどこの誰だったか、俺は気づかなかったが、竹林の姿を見つけて彼に突撃しに行ったのだろう。
「桃実ちゃんに君のこと聞いてるよ、って行ったらスーパーの中にいる間だけ話に付き合ってくれたよ」
俺は車を発進させた。砂橋が俺の家に来て食事をするのは珍しくない。いきなり家にやってくることもあるため、キッチンにはもうすでに砂橋用のマグカップや箸が用意してある。いちいち割り箸を使わせるのも忍びないから買ったのだ。砂橋は、自分用の箸とマグカップに気づいているだろうが、何も言わなかった。ちなみに砂橋用の歯ブラシもある。寝る時は来客用の敷布団があるため、それを使わせている。
いや、むしろ色々用意してから一カ月に一度だった来客が二週間に一度と、頻度が多くなっている気がする。
俺はそれ以上考えないようにした。
「何を話したんだ?」
「いつからこっちに引っ越してきたのー、とか聞いたんだよ。そしたら地元で幼馴染だった子と結婚して、引っ越してきたんだって」
確か桃実の実家は隣の県だったか。高卒で就職して、そのまま幼馴染と結婚して、こっちの県に引っ越してきたというわけだろう。交通の便はいいし、人が少なすぎるわけでもないから住みやすいのだろう。
知りたかった恋愛関係は、妻がいると分かったから竹林に関する調査はこれで終わりだろう。
「まぁ、結婚したからと言って他人のストーカーをしないというわけではないだろうしねぇ。とりあえず、様子見かな」
結婚している身で他人のストーカーになるなど、もはやクズではないだろうか。いや、曲がりなりにも探偵業をしているのだから浮気調査などそういう類のクズならたくさん見ているのだろう。
「もし竹林がストーカーなら目も当てられないな」
「誰がストーカーしてても目も当てられないよ」
砂橋の言葉に「それもそうか」と俺は相槌を打った。
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