第45話 アイドル危機一髪18
ロッカーの写真には、上着として桃実が羽織っていた淡い青色のカーディガンがロッカーの奥にかかっていて、下に台があり、その上にいくつかの本が置いてある。「ナゾトキ一〇〇問問題集」「色の辞典」「自宅で始める筋トレ」など様々なジャンルのタイトルの本だ。そういえば、鞄の中にも文庫本サイズの問題集が入っていた気がする。
本の横に鞄が置いてあり、台の下にはスニーカーが置いてある。ダンスレッスンの時などに履くのだろう。今はパンプスを履いている。ロッカーの底にはリンゴ飴のゴミがいくつか落ちていた。
「……この飴のシリーズ、リンゴよりもイチゴ味の方が美味しいんだよねぇ」
「そうですか」
砂橋さんがじっと見ていたのは飴が入っていたらしい小さな袋だった。砂橋さんは飴も持ち歩いているのでこの包装の飴もよく知っているのだろう。「今あるよ」と言って砂橋さんはリュックから赤と黒のチェックの巾着袋を取り出した。これは砂橋さんがお菓子用に持ち歩いている巾着袋だ。俺の手作りでもある。いちいち大きな袋をがさがさと持ち歩くのも面倒だし、かといって取り出した個包装の菓子をリュックにそのままばらばらと入れるのも面倒だと悩んでいた砂橋さんのために作った。愛用してくれているらしい。
その巾着袋から白地に赤い線が入った個包装の飴を取り出して、桃実の方へと差し出した。
「君もこの飴好きなの?」
「えっと……私、飴はあんまり食べないんですよね。口の中で一か所にずっとあるとその部分が変に渇くような気がして……」
「あれ、じゃあ、このロッカーのゴミ、桃実のじゃないんだ?」
「最近よくあるんですよ。今日は飴のゴミでしたけど、前が飲み終わったジュースの紙パックとかが置いてあって……」
ゴミ箱代わりにでもされているのだろうか。嫌な嫌がらせだ。見つける度に捨てなくてはいけないし、ゴミを置いたのは誰だと人に問い詰めることもできない。
「そのゴミの写真ってある?」
「すみません……ここに来るより前のことだったので写真はないです」
桃実の言葉に「そっかぁ」と砂橋は肩を竦めた。
「食べ物とか飲み物系のゴミが多かったと思います。個人が分かりそうなものはなかったと思いますけど」
桃実がそう思っていてもこちらからすればなんらかの手がかりになることもあるのだ。
「次からゴミの写真も撮ってほしいな」
「はい、わかりました……」
ゴミの重要性があまり分かっていないらしい桃実は少し訝し気な視線を写真に向けてから頷いた。
砂橋さんといえば、差し出した飴をひっこめて、ブドウ味の飴を一つ個包装から取り出して口に放り込んでいた。
「そういえば、砂橋さんがこんな時間に戻ってくるってことは何かあったんですか?」
俺が尋ねると砂橋さんは口の中で飴玉を転がしているのか、右の頬を膨らませたと思ったら引っ込み、次に左の頬を膨らませることを繰り返した。
「特に? まぁ、竹林の件を伝えるのもあるけど、噂の話も一応伝えておこうと思って」
「噂?」
すると、桃実が俯いた。どうやら、噂について何か心当たりがあるらしい。彼女はぽつりと言葉を落とした。
「私と社長がそういう関係だって噂ですか……?」
「端的に言えばそう。枕営業じゃないかって噂。でも、違うんでしょ?社長がストーカーの線もない。だって、父親だもんね。この探偵事務所を紹介してくれた」
俺は目を丸くして桃実と砂橋さんを交互に見た。俺はずっとこの事務所が軽い紹介制でたまたまこの事務所の存在を知って、桃実はここにやってきたとばかり思っていたのだが、どうやら桃実は社長であり父である人物にこの探偵事務所を紹介してもらったというのだ。
「ストーカーは私個人の悩みですし……お父さんが動くとどうしても社長が動く形になってしまうのでそれは避けたいと言ったら紹介してくれたんです」
「いいお父さんだね」
砂橋さんがそう言うと桃実はふっと顔をあげて「ありがとうございます」と微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます